【正義の鎖】第12話「山小屋」

正義の鎖

本当に危ないところであった。
というのも、すべてのことの発端はアキラの報告である。

「見てみておじさん、警察が来てるよ」
「なんだと?」

向こうの部屋で窓の外を眺めていたアキラの言葉に泡を食う俺は、慌ててアキラのもとに駆け寄り窓の外を眺めた。
確かに外では何やら警察が近所の住人に聞き込みをしているのが見えた。

間違いなく誘拐の件についてであろう。
俺は慌てて荷物をまとめ――というより持てるだけの荷物を持ちアキラにもそうするよう促した。

「急げアキラ。とにかく今捕まったらお前もあの暴力オヤジの元に逆戻りだぞ!」

避難を終えたのは日が高く登ったころだった。
俺はひとまず山小屋の暖炉に薪をくべて火を点け、暖を取れるようにする。

「ここって一体……」

不思議そうにそう尋ねるアキラ。
無理もないことだろう。
ここはおそらく俺しか知らぬ山小屋で、俺がよく虐待から逃れるために作った秘密基地なのだ。

ひとまず俺はもろもろのせいで、すっかり遅くなってしまった朝食を準備することに決める。
準備といっても今朝はサンドウィッチでパンに具材を挟み込むだけなのだが、潜伏先に選んだ山小屋は手がかじかむかというほど寒く、息も少し白い。

だが調理の途中後ろから向けられる熱い視線に気がついた。
途中まで無視していたのだが、とうとう耐えられずにとうとう根負けして、その視線の主であるアキラの方を向いて苦笑いをした。

「そんなにじっと見つめられていると作業しにくいんだがなぁ……」

自由にしていていいぞと言ったつもりだったが、アキラは少々がっかりしたような表情で去っていこうとするのでそれを慌てて俺は引き止める。

「あ、そういう意味じゃなくてそのー……別に手伝いは今はないから自由に過ごしてて大丈夫だって言いたかったんだ」
「自由……」

まるで言葉を噛み締めるかのように、アキラはその言葉をもう一度ゆっくりとその言葉をつぶやいた。

「今は日曜の朝。子供なら一番楽しい時間だ。こういうときにやりたいことしないと大人になってからじゃできないぞ?」
「やりたいこと……」
またしてもそうボソリとつぶやいて、何やら壁掛け時計の方を見ながら考え込んでいるアキラ。
しかしやがて意を決したか部屋の片隅にある古いテレビを指さした。

「じゃおじさん、お願いがあるんだけど」

 

『そこまでだサメ魔人ウェルキン!これ以上お前らの好きにはさせないぞ!』
『何を抜かすか!お前らやっちまえ!』

山小屋のテレビから聞こえてくる勇ましい声。
俺は知らなかったがどうも日曜のこの時間このチャンネルでは、戦隊ものがあっているようだ。
テレビからは悪党たちの黒い悲鳴が聞こえてくる。

「ここのテレビがまだ使えてよかったよ。アキラもこういうのを見るんだな」
「うん、大好きだよ。パパがパチンコにいっていないときは見れないんだけど……」

非常に心の底から楽しんでいることが表情に表れるアキラ。

「あ、みておじさん。このイエローは普段はふざけているんだけど戦う時はすごくかっこよくて……」

自分の好きなキャラクターが出るたびに、非常に嬉しそうに話すアキラ。
無邪気にそう話すアキラの様子を見ていると、やはりちゃんと子供しているなという気がして、とても嬉しくなる。
昨日までは全くこのような笑顔など見せたこともなかったために輪をかけてそう感じる。

「アキラはどのキャラクターが一番好きなんだ?」

俺は楽しそうに戦隊のメンバーについて語るアキラにそう尋ねる。

「え?僕はレッドかな。強くてかっこよくて、いいなぁ僕もこんな正義の味方になれたらなぁ……」
「アキラが正義の味方か、もちろんなれるさ!アキラなら……」

テレビの中の正義の味方に対し熱い目線を送るアキラ。
そのアキラの後ろ姿に俺は無責任と思いつつもつい思わずそう言葉をかけていた。
するとアキラは目をキラキラと輝かせながら振り返る。

「……そうかな?」
「あぁもちろんだ。アキラなら強いだけじゃない。優しさも併せ持った正義のヒーローになれる。俺が保証する」
「おじさん……」

目をうるうるさせながらそうつぶやくアキラ。
俺はその目をみてちょっと無責任な発言だったかと反省したが、だが先ほどの気持ちに嘘偽りはなかった。
だがそんな葛藤もアキラの屈託のない顔を見ていると不思議と瑣末な問題に見えてくる。

『午前のニュースをお伝えします。昨日、諸星区において6歳の男の子が誘拐された事件に新たな進展がありました』

アキラが戦隊モノを見終わったあと、俺はテレビを付け午前のニュース番組を見ていた。
今はどのテレビ番組もアキラの誘拐事件で持ち切りで、事件の概要や進展などをどのニュース番組も取り上げているが俺の目当てのニュースはそれではない。

『ですから、犯人の目的が身代金などではないということはおそらく誘拐すること自体が主目的だといってもいいと思います。ひょっとすると人身売買臓器売買そういった別の犯罪に発展する危険性も……』

(くだらない……)

目当てのニュースがないばかりかとんちんかんな解説番組を目にしてしまい気分が悪くなる。

「ねぇおじさん、じんしんばいばいって何?」

渋い顔をしながらその番組を見ていると俺の横でテレビ番組を一緒に見ているアキラそう尋ねる。

「……別にアキラは知らなくていいことだ」
「えっ?そんなぁ~……」

なんとなくだが今朝の朝方にお互いのやけどを見せあってからか、随分とアキラは打ち解けてくるようになった。
なんとなくだがお互いの虐待という共通項がアキラの心を開かせたのかもしれない。

正直この右目の傷は嫌いだが、まさかこんな形で役に立つとは思いもよらないもので複雑な気持ちになる。

「おじさん……」

さて、漫画の続きがないと落ち込んでいたアキラだが、すぐに立ち直って俺の目をじっと見てきた。
あまりまじまじと見つめるので、俺はなにか顔についているのかと思い、頬を手で触ったりしてみるが全く分からず降参することにした。

「どうした?なにか顔についてるのか?」
「いや、おじさんって名前なんていうのかなぁって思ってさ」

なるほど、そういえば名前を言っていなかったが教えると後々不都合になり得るので、特に教えるつもりもあまりなかった。

(さて、どうごまかすか)

と考えつつ逆に質問で返すことにした。

「なんで俺の名前なんて聞くんだ?」
「そりゃなんて呼べばいいかわからないからだよ」
「今までどおりおじさんじゃだめなのか?」
「そんなんじゃダメだよ!」

珍しくまるでわがままを言うかのように口を尖らせるアキラ。
しかし呼び方がわからないということであれば無理に名前を教えることもない気がする。

俺はまたしてもはぐらかすことにした。

「そうだなぁ、そういうことなら別に好きな呼び方でいいぞ」
「えっ?好きにいいの?」

そう言って目を輝かせ、呼び名を考えているアキラ。
あまりに必死に考えるのでどのような呼び方になるのだろうかと妙に期待が膨らんでしまうが、そのアキラもようやく呼び方を思いついたようで目をパッと開いて俺を指さす。

「じゃバルカ将軍で!」
「ほほう、バルカ将軍?」

思いもよらぬ名前を口にされ俺は思わず驚くとともに、なんの名前かと興味を引かれるが、先程まで戦隊モノの番組を熱心に見ていたアキラの様子を思い出してそういうことかとひとり合点する。

「もしかしてさっきの戦隊モノのやつの登場人物か?」
「そう!『レギオン戦隊バチレンジャー』に出てくるの」
「ふふ、名前から察するにさしずめバチレンジャーの大将格といったところか?」

俺は少々役になりきり不敵な笑いを浮かべてみるが、アキラが首を横に振る。

「違うよ。敵の幹部のひとり」

それを聞いて少々格好つけていた俺はこけそうになり――というか心の中ではこけていた。

「敵の幹部……」
「うん、だっておじさんそっくりなんだもん」

その悪意のないアキラの澄んだ瞳が俺の心にバシバシと刺さってきた。
だが、今のこの状況で敵の悪玉役とは精神的に洒落にならないものがある。
なんとかほかの呼び名にしてもらおうと妥協案を探し、いい呼び名をなんとかひねり出す。

「いくらなんでもあんまり過ぎる。せめて将軍とかで止めといてくれないか」
「将軍……」

少々拍子抜けた表情をするアキラ。
好きに呼べと言ったのに少々無責任だったかと責任を感じたがその心配はなかったようで、アキラはすぐ笑顔に戻る。

「それもいいね!」

などと言いながら笑っていた。
だがその笑顔を見ながら俺は内心苦い顔をしていた。というのも今後の事を考えるとあまりこのように馴れ合うのは良いこととは言えない。

確かにゲームを与えたりなどしてはいたが、それはこの子の緊張をほぐすためであって、馴れ合うつもりなどでは断じてなかった。
だがこのようにしてこの子が自分に笑いかけているのを見ると、嬉しいと感じている自分が居るのもまた事実で、二律背反した感情が自分の中でせめぎ合っているような気分だった。

(あともう少しだ。……あともう少しの辛抱なはずだからな、アキラ)

心の中でそのように笑顔のアキラに語りかけつつ、俺もまたやけどつきの笑顔をアキラに返すのであった。

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