著者:降田天 2019年4月にKADOKAWAから出版
偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理の主要登場人物
狩野雷太(かのうらいた)
主人公。かつては刑事だったが現在は交番勤務。愛想がよく市民に親しまれるが観察眼は鋭い。
水野光代(みずのみつよ)
戸籍上は小島多恵子。表向きの職業は派遣キャディ。日本全国を転々として別人に成りきってきた。
松野香苗(まつのかなえ)
光代の隣人。学も技術もなく若さだけが頼り。
滝本(たきもと)
光代のお得意さん。初期の認知症をわずらっている。
梶朱美(かじあけみ)
光代の手先。ホステスをしていた名残で浪費癖が治らない。
偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理 の簡単なあらすじ
神奈川県警の捜査一課で活躍していた狩野雷太が派出所に左遷させられたのは、厳しい取り調べが原因で被疑者を死に追いやってしまったからです。
持ち前の勘はいまだに衰えていないようで、詐欺グループのリーダー水野光代の犯行を未然に防ぎます。
良心に目覚めた光代から最後のお願いをされた狩野、自身に打診された県警への復帰は辞退するのでした。
偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理 の起承転結
【起】偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理 のあらすじ①
小京都と呼ばれている神倉市で水野光代が詐欺を続けて2年、ゴルフ場で働いているために男性客の年齢や資産状況を容易に知ることができました。
実動部隊には梶朱美を中心にした3人の女たち、彼女たちが貢がせた貴金属や自動車を換金する唯一の男。
被害者の多くがだまされたという自覚もなく、たとえ気付いたとしても色仕掛けに引っかかった負い目があるために届け出ることはないでしょう。
手切れ金や援助金などという名目で稼いだお金は1カ月ごとに5等分するルールでしたが、ある2月の冷たい夜に朱美が持ち逃げをしてしまい連絡が取れません。
さらには光代の自宅アパートに投げ込まれていたのはB5のコピー用紙、これまでのことを黙ってほしければ1000万円を用意しろとのこと。
土地と職をコロコロと変えてきた光代には親しい人間もいない上に、グループのメンバーには本名を伝えていません。
体ひとつですぐにでも逃げ出すことが可能ですが、どうしてもやり残したことがあります。
【承】偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理 のあらすじ②
光代が自宅アパートに帰ると、隣の101号室に住んでいる松野波瑠斗がカタログを片手に駆け寄ってきます。
4月から小学校に通うという波瑠斗でしたが母親の香苗は21歳、ろくでもない夫と離婚したばかりとのこと。
朝早くから保育園、昼間はパチンコ店でアルバイト、夜はキャバクラ… 生活が困窮しているのは一目瞭然ですが、親きょうだいとは既に縁をきっていて頼りになる身寄りもいません。
波瑠斗から「おばあちゃん」と呼びかけられる瞬間は、光代にとって何よりもの喜びです。
安いものでも2万円はするというランドセル、波瑠斗がほしがっているのは4万7千円のシルバーのモデル。
今の光代には他人に手を差しのべる余裕はないはずですが、気がつくと入学祝いにプレゼントをすると約束していました。
心当たりがあるのはゴルフ場の常連・滝本、日頃から大金を自宅に隠していると吹聴している上にこの頃では物忘れが激しくなっているとか。
マスクをして訪ねてみると光代のことをヘルパーだと勘違いしているようで、仏壇に収納されていた1万円札の束もあっけなく見つかります。
【転】偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理 のあらすじ③
札束をリュックサックの底に入れて滝本家を無言で立ち去りショッピングセンターへ、お目当ての商品を購入して紙袋へ。
30〜40代かと思われるヘラヘラと締まりのない表情をした警察官が話しかけてきたのは、停留場てバスを待っていた時です。
春一番が吹き荒れる宵の口にしてはひどく汗をかいていること、背中から線香のにおいが漂っていたこと。
不審に思った狩野雷太に神倉駅前交番まで連れていかれて、すぐにリュックの中身も調べられてしまいました。
今なら自首という形に落ち着くという言葉に甘えて、光代は紙袋の中のシルバーのランドセルを狩野に託します。
水野光代こと小島多恵子は高齢者をターゲットにした詐欺事件の主犯格として大々的にマスコミに取り上げられることになりましたが、彼女を脅迫していたのは梶朱美ではありません。
光代が入居している102号室やたらと薄い造りになっていて、壁越しにすべて会話を聞いていた香苗の仕業だと判明しました。
今年で65歳になった光代はいつの間にか耳が遠くなっていて、電話での話し声も自然と大きくなっていたのでしょう。
【結】偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理 のあらすじ④
かつては「落としの狩野」と犯罪者のあいだで恐れられていた狩野でしたが、行きすぎた取り調べのせいで起訴前の容疑者が自殺してしまいます。
くたびれたボール箱を積み重ねたような外観、薄汚れた壁、立て付けの悪いアルミサッシの引き戸、大きく掲げられている「KOBAN」… 今ではここが狩野にとっての「ハコ」ですが、春の日差しが射し込む仮眠室は思いの外に快適でした。
老舗の和菓子とお茶で一服していると、スマートフォンからは以前にコンビを組んでいた同僚の声が。
先日の「老老詐欺」は光代の告白によってゴロゴロと余罪が出てきましたが、金を持って逃走を続けた末にようやく身柄を確保された朱美だけが供述を拒んでいるそうです。
「おまえなら落とせる」と熱心に説得するのは元相棒、窓の外には小さな体に大きなランドセルを背負って元気に駆け抜けていく小学生。
電話を一方的に切った狩野は迷子に道案内に落とし物と、今日も忙しい神倉駅前交番の何でも屋として笑顔を浮かべるのでした。
偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理 を読んだ読書感想
海千山千の裏社会の人間たちを震え上がらせたという、取調室での狩野雷太の鬼の形相と痛烈な罵声が思い浮かんできました。
親切・丁寧をモットーとして駅前の名物巡査としてニコニコしている、いま現在の姿からはおよそ想像がつきませんね。
そんな並み外れた嗅覚を持つ狩野に引っ掛かってしまった、水野光代のような人物は不運と言えるのでしょうか。
取り返しのつかない犯行に手を染める前に逮捕されたということは、「幸運」とも言えるのかもしれません。
遠い未来に罪を償った彼女と、ランドセルが必要ないくらいに成長した波瑠斗との再会を願うばかりです。
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