著者:藤田宜永 2015年10月に文藝春秋から出版
怒鳴り癖の主要登場人物
尾崎昌雄(おざきまさお)
主人公。大手旅行代理店を辞めて独立。ささいなことで感情を爆発させる。
尾崎千穂(おざきちほ)
尾崎の妻。惰性的に結婚生活を続けている。
尾崎綾香(おざしあやか)
尾崎の娘。草食系の男子が好き。
久保田幸雄(くぼたさちお)
尾崎のビジネスパートナー。物腰がやわらかく情報分析力もある。
船津健太(ふなつけんた)
尾崎の元部下。声が小さく覇気もなかった。
怒鳴り癖 の簡単なあらすじ
勤め先を退職して立ち上げた事業が軌道に乗り始めた頃、尾崎昌雄はある日の帰宅途中で見知らぬ人物から暴行を受けます。
生まれながらの怒鳴り癖が原因で犯人に心当たりが多い中、捜査線に浮上したのは以前に雇っていた船津健太です。
自らを戒めるために被害届を出さないことに決めた尾崎、プライベートでは娘の綾香の成長に喜びを見出だすのでした。
怒鳴り癖 の起承転結
【起】怒鳴り癖 のあらすじ①
「アジャンス・プリぺ」は格安のツアーを扱うことはなく、お金に余裕のあるお客さんにサービスの行き届いた旅行を提案してきました。
尾崎昌雄は経営者でしたが自ら営業に駆け回ったり添乗員として世話をしたりして、不況を乗りきり利益を上げています。
この日も遅くまで新富町の事務所に残って高齢者向けのプランを練っていたところ、エレベーターの扉を出た瞬間に殴りかかってきたのは黒いダウンジャケットを着たふたり組。
救急病院に行って手当てをしてもらってから、駆け付けた警察官の事情聴取を受けることに。
特に金品を盗まれた訳ではなく、打撲とすり傷で骨折もしていないために本格的な捜査は行われないでしょう。
自宅のマンションに戻ると腫れあがった夫の顔を見て、千穂はあきれた様子です。
長年に渡って一緒にいる気楽さだけでお互いを支えてきた夫婦、これまでにふたりの間に嵐が吹き荒れたことはありません。
気にいった相手は手放しで誉めて理不尽なことにはとことん怒る、千穂に言わせると尾崎は直情径行型だそうです。
【承】怒鳴り癖 のあらすじ②
今年に入って尾崎一家の隣に引っ越してきた3人家族がいましたが、大音量でCDをかけることが多くうるさくて仕方がありません。
以前に尾崎が文句を言いにいくと父親らしき男性が出てきて、午後10時には消しているのだから規約上では問題はないとのこと。
今朝もエントランスで息子かと思われる青年に声を掛けましたが、ジロリとにらんで立ち去っていき実に嫌な感じです。
つまらないご近所とのトラブルこそが始末に悪いというのは久保田幸雄、前の会社から一緒に働いているために何でも腹を割って話せました。
ちょっとしたことで雷を落とす尾崎、問題が起こっても絶対に声を荒らげることはない久保田。
専務としても優秀な彼の存在がなければ、社員が5名しかいない零細企業がこの業界で10年に渡って生き残ってこれなかったでしょう。
この日は早めに打ち合わせを切り上げて居酒屋に誘ってみると、ビールを片手に帆立貝のバター焼きをつつきながら船津健太の消息について報告してきます。
【転】怒鳴り癖 のあらすじ③
添乗員として海外に何度か派遣した船津でしたが、得意先への応対が極めてひどいためにクレームが多発していました。
とにかく陰気なところ、何を考えているのか分からないところ、携帯電話に連絡しても出ないところ。
すべてが気に入らないために去年の暮れに辞めてもらうことになりましたが、その後の消息は聞いていません。
家が近所だったという久保田はさっそく調査に乗り出してみると、行き着けの喫茶店のマスターから故郷の山口県に帰ったという話を聞き出します。
法外な報酬を払ってまで襲撃してくるほど執念深いのか疑問に思っていると、神奈川県警からふたりの刑事がやって来たのは3月の末。
「ストリート・ファイター」という闇サイトを通じて横浜で傷害事件を起こした実行犯が逮捕されましたが、依頼人として名前が上がっているのが船津です。
自分で手を出すほどの意気地のない船津のことですから、警察の取り調べを受けただけで震えあがっていることでしょう。
尾崎としては今度の1件に関しては、厳しく指導しすぎた代償と受け入れます。
【結】怒鳴り癖 のあらすじ④
尾崎と千穂のあいだにはふたりの子どもがいましたが、ふたりともアジャンス・プリぺを継ぐ気はないようです。
長女の綾香は銀座にある画廊で働いている26歳、弟の誠一は大学を卒業して九州地方の銀行に就職が決まったばかり。
その綾香が交際相手を紹介したいということで期待していましたが、いざ本人に会ってみるとガッカリしてしまいました。
仕事は有料チャンネルの顧客サービスセンター、中肉中背の体格、黒ぶちのメガネ、名前は山本… 迫力も個性もなく、何よりも声が小さいために船津のことを思い出してしまいます。
陶芸と絵画という趣味にも尾崎には理解できず、アルコールが苦手な体質のようで会話も弾みません。
盛り上がりにかけたまま食事が進む中、隣の部屋からは例によってステレオの騒音が。
ベランダに飛び出して「うるさい!」と一喝したのは尾崎ではなく、日頃はおとなしい綾香です。
開け放たれた窓からは春の夜風が吹き込んできて、尾崎は頼もしい跡継ぎの誕生を予感するのでした。
怒鳴り癖 を読んだ読書感想
主人公の尾崎昌雄はいかにも昭和の頑固おやじ、倒れるまで働くのが美徳とされたモーレツ世代でしょう。
そんな前時代の生き残りのようなワンマン社長の考え方に、ゆとり世代がついていけないのも無理はありません。
パワハラ上司として訴えられるのならばともかく、襲撃事件にまで発展するとは驚きでした。
面と向かって叱られるのが苦手だったという船津健太が、顔の見えないインターネットを利用して犯行を依頼したというのも何とも皮肉ですね。
事件が解決して家に帰ってみれば、娘が連れてきた彼氏がこれまた軟弱な今どきの若者。
そんな不吉なムードを吹き飛ばすような、綾香のひと声にはスカッとしますよ。
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