著者:金子薫 2014年11月に河出書房新社から出版
アルタッドに捧ぐの主要登場人物
本間(ほんま)
二十三歳。大学院試験を失敗し、翌年の試験まで浪人中。
モイパラシア(もいぱらしあ)
本間が書いている小説の、主人公の少年。
アルタッド(あるたっど)
本間が書いている小説に出てくる架空のトカゲ、ソナスィクセムハナトカゲの一匹に付けられた名前。
亜紀(あき)
本間の学生時代の恋人。
伊藤(いとう)
二十九歳。本間がアルバイトしている出版社の女性社員。
アルタッドに捧ぐ の簡単なあらすじ
大学院受験に失敗した本間は、次の受験までの空白を利用して、架空の世界の物語を書きはじめます。
ところが、思いがけず主人公の少年が轢死してしまいました。
本間は小説を書く気をなくし、少年の左腕を原稿用紙に包んで、庭に埋めました。
すると穴から、彼が小説に書いたトカゲのアルタッドが現れます。
本間はアルタッドを育てつつ、自分の文学に対する姿勢を意識していくのでした……。
アルタッドに捧ぐ の起承転結
【起】アルタッドに捧ぐ のあらすじ①
本間は大学を卒業したものの、大学院受験に失敗しました。
一年間、ひまになった彼は、小説を書きはじめました。
それは、砂漠にはえたアロポポルというサボテンと、それを守るモイパラシアという少年と、彼が世話するトカゲのアルタッドなどが登場する小説でした。
ところが、筆のおもむくままに綴っていくと、モイパラシアが轢死するという、予想外の展開になりました。
本間の筆は止まってしまいます。
本間は、モイパラシアの左腕を原稿用紙で包んで、庭に掘った穴に入れます。
そのとき、カサコソという音がして、穴からトカゲのアルタッドが現れたのでした。
その夜、モイパラシアが夢に出てきて、アルタッドとサボテンの世話をお願いされます。
本間は爬虫類ショップへ行って、トカゲ用の餌を買い、アルタッドの世話をはじめます。
ひと月後、モイパラシアの腕を埋めたところから、サボテンのアロポポルの芽がはえてきました。
アルタッドをそこへつれていくと、彼は自分と同じ世界から来たたったひとつの同胞を守ろうとする姿勢をみせたのでした。
【承】アルタッドに捧ぐ のあらすじ②
やがて季節は夏へと移っていきます。
暑くなるほどに、アルタッドの食欲は増していきます。
最初は二十センチほどだった体長は、四十センチほどになりました。
天気のよい日に、アルタッドはアロポポルにのぼって、頭部をサボテンの頂にこすりつけるのでした。
そんなある日の夕方、本間は、学生時代の恋人の亜紀をさそって、バーで飲みました。
亜紀は証券会社に就職し、忙しく充実した毎日を送っています。
本間は、書いていた小説が、モイパラシアの死によってストップしたことを話します。
亜紀は、本間に働くことの重要性を説き、働いてみて初めてわかることがある、と話します。
亜紀と会ってから、本間は再び小説を書く意欲を持ちます。
また、亜紀が休みなく働いていることから、家でゴロゴロしている自分を恥じ、アルバイトの日数を増やしました。
しかし、出版社へ行って、資料探しを頼まれると、資料室にこもっているうちに小説のことを夢想して、仕事にならないのでした。
本間はアロポポロのことを思いうかべます。
あれを食べると幻覚が生じます。
そうしてトリップしたまま、それを小説の上に書き記すことができたら、どんなにかよいだろう、と思います。
その考えは本間にとりついて離れなくなりました。
ある夜、とうとう彼は誘惑に負け、アロポポロを食べようと、ナイフで傷をつけました。
が、そこで、モイパラシアの左腕のことを思いだし、誘惑に負けた自分を恥じたのでした。
【転】アルタッドに捧ぐ のあらすじ③
夏の間に、アルタッドは成長を続け、三度の脱皮を経て、五十センチの大きさになりました。
十月になると、本間は突然失業してしまいました。
アルバイト先の出版社の雑誌が廃刊となり、社員たちは別の部署に異動するとともに、アルバイトたちは全員が解雇されたのです。
本間は生活費を親に借りて、日がな一日、祖父の家ですごしました。
日に三時間ほど、大学院試験のための勉強をし、あとはアルタッドの世話をするだけです。
小説はまた書く意欲がなくなりました。
そんなある夜、本間は、モイパラシアの物語の原稿の一部を見つけました。
ほとんどの原稿は、モイパラシアの左腕を包んで埋めてしまったのですが、ボツ原稿が残っていたのです。
それは、いくさが始まるとき、モイパラシアが預言者の老婆に引きとめられているシーンを描いたものです。
預言者はモイパラシアに、「生きなければならない」と言います。
本間は、死についてのこんなシーンが、どこから出てきたのか、と考えます。
思いだしたのは、五歳の時、突然自分の死について悟った瞬間があったことでした。
本間はそろそろ寝ようと思い、顔を洗います。
そのとき、鏡に映った自分の顔に、死ぬ間際の祖父の顔がかさなりました。
自分は死への行進をしているのだ、と本間は悟るのでした。
【結】アルタッドに捧ぐ のあらすじ④
十二月がすぎたころ、亜紀がやってきました。
アルタッドが冬眠する前に見ておきたい、と思ってやってきたのです。
初めてアルタッドを見た亜紀は、トカゲというより、ドラゴンという感想をもらします。
亜紀は、アルタッドに好物のコーンを与え、アルタッドが満腹になると、帰っていきました。
本間は雪がふる前に、アロポポロを、庭での地植えから大きな鉢に移して、室内に置くことにしました。
家のなかで、ほぼ二か月ぶりにアロポポロに再会したアルタッドは、大喜びです。
両者の再会に貢献できたことで、本間も嬉しく思うのでした。
やがて、新年をむかえたころに、大雪がふりました。
本間は、モイパラシアの左腕を埋めた場所に置いた石に向かって、アルタッドやアロポポロのことを話そうとします。
しかし、口を開いてみると、小説に対する自分の思いが、言葉となってあふれてきます。
本間は、商業的な目的ではなく、自分の内なる歓喜に突きあげられた文を書きたい、と願っているのでした。
本間は大学院に合格しました。
合格祝いということで、亜紀がやってきて、シャンパンを開けました。
ふたりでおしゃべりするうち、アルタッドがアロポポロの花に鶏冠をこすりつけているシーンを想像して、それを点描画にしようということになりました。
ふたりは夢中でその絵を描きます。
それは文ではなく絵でしたが、本間にとっては、内なる歓喜を表現したものなのでした。
アルタッドに捧ぐ を読んだ読書感想
第五十一回文藝賞受賞作品です。
なんとも奇妙な印象を受ける作品でした。
自分の創作物であるはずの少年の腕や、トカゲ、サボテンが、現実の世界に現れる、ということになっています。
ただし、SF的な、かくかくしかじかの科学的な裏付けがあって現れた、というつくりにはなっていません。
とにかくこれはそういう世界なのだ、と開き直っているようです。
そして、その開き直りをいったん受け入れてしまうと、そこには、上記の通り、奇妙で摩訶不思議な世界が広がることになります。
その不思議な世界で、主人公の青年は、自分の文学に対するありようについて苦悶します。
素人にとって、その苦悶の深いところはなかなか理解がむつかしかったです。
ただ、文学青年も大変なのだなあ、と同情して、物語を読み終えたのでした。
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