著者:一木けい 2020年6月に新潮社から出版
全部ゆるせたらいいのにの主要登場人物
千映(ちえ)
ヒロイン。結婚を期に退職して専業主婦。独身時代は大ざっぱだったが出産後は神経質になる。
宇太郎(うたろう)
千映の夫。嫌なことがあると酒に逃げる。
恵(めぐみ)
千映の娘。肌が弱く同世代と比べて言葉の覚えも遅い。
秋代(あきよ)
千映の高校生からの親友。浮気性の夫に見切りを付けている。
全部ゆるせたらいいのに の簡単なあらすじ
千映は高校の部活動がきっかけで後輩の宇太郎と仲良くなり、大学へ進学してからも恋人として一緒に過ごします。
結婚と出産を経験した千映は大好きだったお酒をキッパリと止めますが、宇太郎は依存性がひどくなり夫婦は離婚の危機を迎えることに。
アルコールに溺れて亡くなった義理の父親と自分を重ねた宇太郎は、もう1度真剣に妻と娘と向き合うことを決意するのでした。
全部ゆるせたらいいのに の起承転結
【起】全部ゆるせたらいいのに のあらすじ①
千映が宇太郎とはじめて出会ったのは高校2年生になった桜の季節で、所属していた吹奏楽部でもいちばんに仲のよい秋代と一緒に新入学の生徒の勧誘をしていました。
秋代は自分のパートであるホルンに誘いましたが宇太郎はパーカッションに落ち着き、千映はトロンボーンを吹きながら彼が奏でるリズムに耳を澄ませています。
宇太郎が選んだ告白の方法は部活の帰り道にあるファミレスでもなく家に帰ってからの電話でもなく、文字として残る手紙です。
高校卒業後に千映は1浪して第1志望の大学に入学、宇太郎はストレートで千映と同じ大学に合格。
年齢的には1歳の差がありながら学年では同じとなったふたりは、順調に交際を続けていました。
春先のオリエンテーションでは担当職員の説明を聞きながら、アルコールのパッチテストを受けなければなりません。
7分程度で結果が出て千映のアルコールを分解する能力は「そこそこ強い」、宇太郎は「きわめて弱い。」
新歓コンパでは飲めない体質の人たちも交えて、安い居酒屋へと繰り出して大騒ぎをします。
【承】全部ゆるせたらいいのに のあらすじ②
千映が銀行の窓口で働き始めて宇太郎が新卒でメーカーの営業職に採用されてからも、仕事が終わってから合流して飲み歩きます。
お互いの職場の愚痴を延々とこぼしたり、宇太郎のアパートで飲み直したり酒のさかなを作るのが楽しくて仕方がありません。
夜遅くに酔っ払ったまま自転車の2人乗りで酒屋に行き、帰り道に道路に寝っ転がっていても平気でした。
結婚後に千映が飲まなくなったのとは反比例して、仕事の付き合いやストレスから宇太郎の酒量は増えていく一方です。
娘・恵が誕生した日に宇太郎は真っ赤に腫れ上がった目で産院にやってきましたが、前夜にずっと泣いていたからでお酒のせいではありません。
陣痛より先に破水が起こるというアクシデントがありましたが、帝王切開を受けた千映は何とか無事に出産を終えます。
ストレッチャーに載せられて運ばれていく千映の手を強く握りしめた宇太郎の願いは、3人でいろいろな場所へ行ってたくさんの物を見ることです。
【転】全部ゆるせたらいいのに のあらすじ③
千映は1歳半になった恵の世話に追われていましたが、宇太郎は毎晩のように外でお酒を飲んでいて協力してくれません。
つい先日に会社で受けた健康診断では、30歳前の若さでありながらガンマーGTPの数値が基準をオーバーしていました。
高校時代に千映が編んであげたマフラーから家のカギ、クレジットカードを入れっぱなしにしてあった財布まで。
酔うと身の回りの物や社会的な信用を失くしてしまう宇太郎が、ついには警察の厄介になったのは真夜中の0時半です。
駅のトイレの個室に携帯電話を置き忘れた宇太郎は、線路を歩いて葉っぱと泥にまみれながら何とか自宅のドアまでたどり着いていました。
玄関で泥酔して寝ている宇太郎を放っておいて、必要最低限の荷物をスーツケースに入れて恵を抱きかかえた千映が転がり込んだ先は秋代の家です。
よそに若い女性がいるためにほとんど自宅に帰ってこない夫のことを、秋代はとっくに諦めていました。
宇太郎を諦めるのではなくゆるしてあげてほしいという秋代の言葉を受けて、千映は最後のチャンスに賭けてみます。
【結】全部ゆるせたらいいのに のあらすじ④
アルコール治療を専門とするクリニックに入院している自分の父親に、千映は宇太郎と3歳になった恵を連れてお見舞いに行きます。
体調が悪そうな歩き方、髪の毛はボサボサで不精ひげも伸び放題、ボロボロに抜け落ちた歯。
それでも孫から「じいちゃん」と呼びかけられると嬉しそうに笑っていて、親戚一同から厄介払いされていた父が3年後にこの世を去った時にただひとり涙を流したのが恵です。
遺品の中には入院先の病院で作ったノートが落ちていて、表紙には恵の写真が貼り付けてあって中には「断酒して普通に孫と会いたい」とだけ書かれていました。
喪中はがきの注文を済ませにスーパーに行った帰りに、宇太郎は入り口の手前に立っているザクロの木を指さします。
夏の始まりにオレンジ色のかわいい花を咲かせること、実はちょっぴり硬くて酸っぱいものの食べられること。
このことを宇太郎の教えてくれたのは千映の父で、高校生になったふたりがまだお付き合いを始めばかりのことです。
ザクロの木から落ちて空へと高く舞い上がる1枚の葉っぱを追いかける恵を、千映と宇太郎は手をつないで見守っているのでした。
全部ゆるせたらいいのに を読んだ読書感想
高校生の時に上級生と恋に落ちたごく普通の少年、宇太郎がたどっていく道のりは決して平たんなものではありません。
社会の荒波にのみ込まれているうちに、若くしてお酒だけが心の救いになっていく様子には胸が痛みます。
学生時代には破天荒なエピソードの数々を繰り広げながらも、妻としても母親としても現実に適応していく主人公・千映とは対照的です。
離ればなれになっていくふたりを結び付けたのが、アルコール依存性によって命を落として千映の父だったのも皮肉ですね。
大人たちの苦悩を目の当たりにしながらも無邪気に振る舞う、千映と宇太郎の娘・恵には未来への希望を感じました。
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