「トロンプルイユの星」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|米田夕歌里

「トロンプルイユの星」

著者:米田夕歌里 2011年2月に集英社から出版

トロンプルイユの星の主要登場人物

藤田サトミ(ふじたさとみ)
ヒロイン。イベント会社で展示会や販促キャンペーンを担当。物事をあいまいにせずハッキリさせたい。

灘(なだ)
サトミの上司。柔和でえびす様のような顔。

久坂佑人(くさかゆうと)
灘のビジネスパートナー。人生における不条理を受け入れてきた。

香夏子(かなこ)
サトミの同僚。居酒屋が大好きな姉御肌。

石川(いしかわ)
サトミの後輩。面と向かってのコミュニケーションが苦手。

トロンプルイユの星 の簡単なあらすじ

藤田サトミの勤め先では次から次へと人や物が「なかったこと」になっていきますが、周りに訴えても信じてもらえません。

ただひとりだけ理解を示してくれたのが古株の社員・久坂佑人で、彼こそが一連の不思議な現象を引き起こしていた張本人です。

好条件の転職の誘いが転がり込んできたサトミは、久坂のことを忘れてしまうのでした。

トロンプルイユの星 の起承転結

【起】トロンプルイユの星 のあらすじ①

順風満帆な社会人生活に不吉なバイトの影

地下鉄の駅から高架下を抜けて日当たりと通行人がまばらな坂を下っていくと、いくつかのテナントが入っているビルが見えてきます。

ステンレス製の各階案内板には「2階 灘総合サービス事務所」と表示されていて、いつものように藤田サトミが朝一番の出社でした。

クライアントからもらってきた書類を整理して、それを元にさまざまな企画書の構想を練るのが主な仕事です。

入社してそろそろ4年目に突入するサトミ、サトミと同期の香夏子、資金を出してこの会社を興した灘。

今では貴重な戦力になっていると灘からは評価してもらっていましたが、創業当初から実務の面で強力に引っ張ってきた久坂佑人には敵いません。

つい最近になって男子大学生の石川がアルバイトとして採用されましたが、すべてを自分で判断しては失敗していました。

遠慮なく相談してほしいと声をかけるものの、機械的な「あ、はい」が返ってくるだけです。

石川が当てにならないために負担は増えていく一方で、そんな最中にサトミの私物が紛失してしまいます。

【承】トロンプルイユの星 のあらすじ②

失せ物はミントの香り

デスクには深さの異なる4つの引き出しが設置されていて、最上段にはハッカあめの缶を常備しているはずですが空っぽになっていました。

赤いファイルに挟んで書類棚に閉まっておいたはずの、大切な通信モジュールの資料も見当たりません。

日頃からサトミに細かい点をチェックされて嫌そうにしている、石川の逆恨みではないかと疑い出します。

その石川の名前も次の日になると給湯室のタイムカードになく、代わりに打刻しているのは前田という女子学生です。

灘も香夏子も彼女がオフィスの中にいるのが当たり前のような顔をしていましたが、サトミだけは納得がいきません。

疲れているようなので早退したほうがいいと香夏子、1度有給を取って病院に行ったほうがいいと灘。

会話がかみかみ合わずに居心地が悪くなったサトミのことを心配して、久坂は勤務時間の終わりに駅前の喫茶店に誘ってくれます。

いろんなものが消えていくように思えるこれらの現象は、サトミの勘違いではなく久坂に原因があるそうです。

【転】トロンプルイユの星 のあらすじ③

記憶のページに焼き付ける

ガラス張りの店内はほとんどが満席で、たまたま空いていた窓際のカウンターに並んで座りました。

このお店にくると必ず飲みたくなるというクリームソーダをストローで吸いながら、久坂の話は過去をさかのぼっていきます。

一緒にゲームをした幼なじみ、つかみ合いのケンカをした小学生時代のクラスメート、大学生の時にここでクリームソーダを分け合った恋人、その彼女にプレゼントした星形のペンダント… 多くのつながりが絶ち切れていく度に泣いたり周囲に当たり散らしていた久坂も、この年齢になると忙しく飛び回って仕事以外のことは口にしていません。

しばらくのあいだはお互いに距離を置いたほうがいいという久坂、このまま隠れるように自分の見ているものを無視して生きていくべきではないとサトミ。

どちらにしても事務所で消えていくものに対して、ポーカーフェイスを押し通すのは難しいでしょう。

久坂と別れてた後に1冊のノートを買ったサトミは、真新しいページを開いてなくなると困るものを1つ1つ記入していきます。

【結】トロンプルイユの星 のあらすじ④

別れのソーダで新天地へ

定時を少しだけ過ぎた時間帯に退社したサトミがエレベーターに乗り込むと、黒いスーツ姿の男性と鉢合わせをしました。

差し出された名詞によると人材コンサルティング会社の社員で、あるイベント事務所から依頼を受けてきたそうです。

その事務所は国内外のアーティストのツアーや公演を手掛けるほどの業界最大手で、灘総合サービスの規模とは比べものになりません。

サトミの活躍を前々から聞いているという遠野は、かなりの高給と重要なポストでヘッドハンティングを持ちかけてきます。

職場環境を変えればこれ以上誰かが消えるリスクは格段に減って、サトミ自身にとっても飛躍のチャンスとなるでしょう。

同じ問題を共有しつつ背中を押してくれた人に感謝の気持ちを伝えるため、携帯電話のアドレス帳を開きますが「か行」には誰も登録されていません。

特に気にすることもなく携帯をしまったサトミは、どこか懐かしい雰囲気のする喫茶店が目についたために夕食を取ることにします。

頼んでもいないのにバニラアイスをのせたソーダ水が目の前に運ばれてきて、グラスに手を伸ばした瞬間に誰かが握り返してきたような感触を覚えるのでした。

トロンプルイユの星 を読んだ読書感想

いつもニコニコとした社長さんに同い年でサバサバとした女性社員、寡黙ながら誰よりも頼りになる先輩。

小さいながらも人間関係が良好な会社に就職して、やりがいを感じて日々を送っている藤田サトミの充実が伝わってくるオープニングでした。

そんな彼女の先行きが怪しくなるのはひとりのアルバイト学生、分からないことを素直に尋ねられないのはいかにも今どきの若者ですね。

にわかに忙しくなった日々の清涼剤となるはずのハッカキャンディーも、さらなる苦難の証なのがほろ苦いです。

舞台となるのは無機質なオフィス街ですが、予測が不可能な展開はまさに都会のファンタジーと言えるでしょう。

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