著者:山下紘加 2021年5月に河出書房新社から出版
エラーの主要登場人物
杉野一果(すぎのいちか)
ヒロイン。底なしの胃袋を持つフードファイター。きれいな食べ方とカメラの映りにもこだわる。
水島薫(みずしまかおる)
一果のライバル。形振りにかまわず勝利を目指す。
亮介(りょうすけ)
一果と同せい中。ギャンブルを嫌う安定志向。
仁科徹平(にしなてっぺい)
一果を目に掛けているプロデューサー。背徳と快楽を一体にして視聴者の心をつかむ。
莉子(りこ)
一果のサークル仲間。大学時代からアイドル活動に精力的。
エラー の簡単なあらすじ
大食い選手権で連勝記録を更新していた杉野一果の前に立ちはだかったのは、シングルマザーの水島薫です。
水島に破れた一果はリベンジを誓いますが、番組プロデューサーの裏工作や視聴者からのバッシングに苦戦を強いられます。
彼氏の亮介から理解と協力を得つつ自らの肉体を限界にまで追い込むことで、一果はなんとかチャンピオンに返り咲くのでした。
エラー の起承転結
【起】エラー のあらすじ①
出された料理はきちんと食べきるというモラルは、杉野一果にとっては物心がついた時から自然と根付いていました。
大学生になると美食サークルに所属して毎日のように食べ歩いていると、大手の制作会社から視察にきていた仁科徹平にスカウトされます。
「真の大食い王者は誰だ!」は「真王」という略称で高視聴率をキープしていますが、芸能人を起用するほど予算がありません。
一般公募で集められた書類審査通過者とともに一時予選から出場した一果が、初優勝したのは24歳の時です。
大会デビュー以降は4年連続で優勝を飾り、レースクイーンをしていたこともあり「クイーン一果」との呼び名が付きました。
収録の数日後にはゴールデンタイムで放映されてネットでも配信されるために、街を歩くだけで「大食いの人」と声を掛けられます。
週刊誌からはグラビアの表紙、料理教室を開いた友人からは特別講師、食品メーカーからは商品のインフルエンサー… 次々と依頼が舞い込んできて仁科も優勝の記念に高級レストランに連れていってくれますが、一果はいまだに満腹感を覚えたことがありません。
【承】エラー のあらすじ②
レースクイーン時代に知りあい一緒に暮らすようになった亮介は、もともとモデル事務所に所属していました。
将来が不安になった亮介は物理会社に中途入社、年間を通して真王に出場する以外は何もやっていない一果は近所のスーパーでアルバイト。
店員が商品をスキャンして客が自分で精算するセミセルフ式のお店ですが、一果がレジを担当するといつもエラーが起こります。
週に3回、1日4〜6時間ほどシフトに入るだけで稼いだ給料の9割りは飲食代に消えてしまいますが亮介は文句も言いません。
子どもでもできれば籍を入れるつもりですが性的な接触も2カ月に1度あるかないか、恋人というよりも兄・妹のような関係です。
大学のサークルメンバーとは連絡を取っていますが7人中4人が専業主婦、いまだに夢を追いかけているのは一果の他には莉子くらい。
新しいアイドルグループを結成するなどとにかく有名になりたいようですが、年齢的にも焦りを感じています。
久しぶりの飲み会で力のある人を紹介してほしいと莉子から頼まれますが、一果には仁科しか思い当たりません。
【転】エラー のあらすじ③
一果の5連覇を阻んだのは水島薫という中年の女性でしたが、前評判はあまり良くありませんでした。
感情を表に出さず口元を汚しながら食べ物をねじ込んでいく水島、美しい角度と姿勢を研究して表情もキュートな一果。
賞金の使い道を司会者から聞かれた水島が「ふたりの息子にプレゼントしたい」とコメントすると、SNSで瞬く間に拡散されて両者の評価が逆転します。
「大食いクイーン」の名義でアカウントを持っていた一果のインスタグラムの方は、中傷や悪質な書き込みしかありません。
仁科によるとひとりの出場者が勝ち続ける番組はすぐに飽きられるために、今回の敗戦はストーリーとして必要だったそうです。
次回は同い年で同じ大学を卒業した莉子と、決勝戦の舞台で再会するというドラマチックなシナリオを考えていました。
一果は水でふやかしたお米や味付けをしていない麺類を大量に用意して、胃を拡張させるために体の中に流し込みます。
トレーニングの様子をスマートフォンで撮影してくれるのは亮介で、動画を見直せば改善点も見つかるでしょう。
【結】エラー のあらすじ④
オーディションに合格して映画で役をもらった莉子はスケジュールが忙しくなり、本選の収録日になっても姿を現しません。
一次予選のメニューはオムライスでしたが莉子の分だけ中身が空洞になっていて、この不正が明るみになって仁科は信用を失いました。
出場を辞退する選手が続出する中でも、決勝まで駒を進めた7人には無事に終わってほしいという連帯感が芽生えていきます。
あざとい演出やプレッシャーを与えるような実況、カメラの前での大げさな立ち回りや選手同士のなじり合い。
いっさいの余計なものが削ぎ落とされたシンプルな番組進行は、元祖大食い番組の名に恥じない雰囲気です。
対決メニューは豚骨ラーメンで制限時間は1時間、次々と優勝候補が脱落する中でも一果と水島はほぼ横並びで「おかわりください」を連呼します。
一果が山場をこえることができたのは、脳の危険信号や体の悲鳴から耳をふさいで苦しさから解放されたからです。
司会者に名前を呼ばれてスタッフが用意した壇上に上りきった直後、一果の意識はプッツリと途切れるのでした。
エラー を読んだ読書感想
好きなものを好きなだけ食べても抜群のプロポーションを維持しているという、主人公・杉野一果の体質が何とも羨ましいです。
「食べ物を粗末にしている」と批判を浴びている某ローカルテレビ局の長寿番組、海をこえたアメリカではエンターテインメントとして人気を集めているホットドッグの早食い競争。
両極端に評価が分かれてコンプライアンスが問われる今の時代、アスリートのようなストイックさを持って勝負の場に飛び込んでいく一果を応援したくなりました。
かつてない強敵・水島薫に打ち勝つために、捨て身の体当たりで挑んでいく終盤のシーンには驚かされるでしょう。
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