著者:山下紘加 2020年4月に河出書房新社から出版
クロスの主要登場人物
市村ゆうじ(いちむらゆうじ)?
本作の主人公。既婚者でありながら浮気をしている。浮気相手のいたずらから女装と出会う。女装時は「マナ」と名乗っている。
典子(のりこ)?
市村の妻。ボーイッシュな面がある。
相川愛未(あいかわまなみ)?
市村の浮気相手。いたずら心から市村に女装やメイクを施した。
タケオ(たけお)?
市村がマナであるときの浮気相手。女装関係の交流広げる中で出会う。
クロス の簡単なあらすじ
市村は浮気相手・愛未に女装とメイク施され「女性装」に出会います。
市村はやがて女性の姿をすることに自由や喜びを見出すのでした。
そしてある日女性の姿をしている時に出会ったタケオに強く惹かれます。
女の姿でいることにのめり込む市村を愛未と妻・典子は拒絶しました。
そして「可愛い」と市村を評価したタケオも「男には興味がない」と市村のもとから去ります。
しかし市村はそれでもハイヒールを履き、街に出るのでした。
クロス の起承転結
【起】クロス のあらすじ①
市村は浮気相手であるタケオと体を重ねていました。
タケオは市村を「マナ」と呼びます。
それは市村が女装する時に名乗る名前でした。
市村はとあるきっかけから女性の姿をして出かけることにのめり込んでおり、タケオはマナであるときに出会った男でした。
タケオは市村のことを「こんなにかわいい子を、僕は見たことがない」といい、まるで男女の恋人同士のような愛情表現をするのでした。
市村がタケオと別れて朝帰りをすると、妻である典子が出迎えます。
彼女は洗濯物を干していたら帰ってくる市村が見えたのだと言いました。
市村は職場の先輩の家で飲んでいたと嘘をつきます。
そんな市村に対して典子は女性との浮気を疑ってか、単にタケオの匂いがするのか「香水をつけてる?」と訊ねます。
しかし、典子が疑うような女性の浮気相手とは既に別れていました。
そしてその既に別れた女性こそが市村を「女装」に出会わせた人物でした。
それはかつて浮気相手であった相川愛未です。
愛未と市村は、勤務先が同じビルに入っていました。
朝から洗濯物を干し、どちらかといえばボーイッシュな典子とは違い、愛未は可愛らしい顔をしており、家事や男性関係にだらしない女でした。
ある日市村が愛未のアパートで、忘年会終わりの愛未と逢瀬をしていた時でした。
愛未は忘年会で着せられたというセーラー服や婦人警官のコスチュームを部屋の床に広げました。
そして市村がその衣装に関心を持つと、愛未は市村がコスチュームを着ているところを見たいと言うのでした。
【承】クロス のあらすじ②
市村は目についたチャイナ服に袖を通し、愛未のストッキングを履きます。
すると面白がった愛未は市村にメイクを施しました。
メイクをした市村は可愛らしい愛未からみても可愛く、市村自身も息をのむほどの仕上がりでした。
女性の姿をした自分に強く心を動かされた市村はその後、私服のときでも職場である警備会社で警備服を着ているときでも、ズボンの中にストッキングを履くようになりました。
市村は脚を包む優しい感触にハマっていたのです。
やがて市村は愛未と体を重ねる時にはメイクをした上で愛未の服を着るようになり、徐々に女装自体にのめり込んでいきました。
そしてやがて自ら通販で購入したレディース服に身を包み、女装クラブを訪れるようになるのでした。
やがて愛未との関係は希薄になっていき、一方で女装グッズは自宅に保管しあぐねトランクルームを借りるほどに増えていました。
市村は典子が外出している時を見計らって、メイクや女性装を嗜むようになりました。
「客観的評価が欲しい」と女装専用のSNSアカウントを開設して自らの写真をUPしたり、女装クラブにたびたび足を運んだりするようになったのです。
そんな中、あるとき、女装姿で知人にあった帰りに愛未から久しぶりに連絡がありました。
今までは最初から女装をしている状態で愛未にあったことはありませんでしたが、急な呼び出しであったため、愛未との関係に対して投げやりな気持ちを抱きつつあったため、市村は女性の姿のまま愛未の家に向かいました。
すると、市村の姿をみた愛未は目をつりあげて怒りを露わにするのでした。
【転】クロス のあらすじ③
愛未は、女性の姿をして女性らしい言葉遣いをする市村に対して激しく怒り、荒々しい口調で市村を罵ります。
そして元のかっこよくて男らしい市村に戻って欲しい、と懇願しました。
そして市村がまとっていたお気に入りのカーディガンの袖を愛未が強く引っ張った時、市村は猛烈に腹を立て、「おまえみたいな女より、こっちの方がよっぽど女らしい」と吐き捨てて愛未のアパートを後にしました。
愛未と別れてから市村は、それまでよりも活発に他の女装家と関わりをもつようになりました。
そして他の女装家や、可愛らしい市村に対してパトロンのように女装の道具などを買い与える男性の前で、市村は「マナ」と名乗るようになりました。
特にこだわりなく、愛未から撮った名前でした。
女装クラブで交流を広げる中で、マナ(市村)は「女装をした男性が好き」と清々しいほど言い切るタケオと出会いました。
タケオは女装者の扱いに慣れ、マナ(市村)はタケオに出会ったことで初めて男性と体を重ねるのでした。
そして数えきれないほどタケオと交わったのち、マナ(市村)は自分の価値がどこにあるのかわからないという旨の不安をタケオに打ち明けました。
するとタケオは「女装するマナ」を肯定するような言葉をかけるのでした。
そんな日々が続く中、市村の女装趣味はとうとう典子にバレてしまいます。
典子は市村がうっかりつけまつげをワイシャツに入れたまま洗濯に出しても、リップグロスをリビングに落としても咎めはしませんでした。
やがて市村が家の中でストッキングとショートパンツで過ごしていても典子は見て見ぬふりをしていました。
しかしある日の典子の外出中、市村が女装仲間とのイベントに出かけるためブラジャーとストッキング姿で熱心に洋服を選んでいると、いつの間にか帰ってきていた典子が市村の傍に立っていました。
典子は市村の頬を叩き、「お願いだからやめて」と泣き叫ぶのでした。
【結】クロス のあらすじ④
「私が結婚したのは女じゃない」と典子は市村を睨みました。
そして大粒の涙を流し、「いちむらゆうじはどこにいるの」と投げかけました。
それ以降、典子はロクに口をきかなくなりました。
翌日、頬が腫れたままタケオの部屋に向かうと、タケオは「18時に家を出るから、それまで」と言いました。
ここ最近タケオは用事があり会えないことが多々ありました。
これからどうするのか、と訊ねるタケオに対してマナ(市村)は、家の中では男らしく過ごそうと思っている一方、タケオが望むのであれば本物の女性を目指すことも厭わない、と主張をします。
するとタケオは「そしたら自分はどこにいるの」と言い、冷ややかな視線を向けました。
そして家を出ていってしまいました。
その後市村は、ホルモン治療を始めました。
女性ホルモンによって丸みを帯びていく体に、嬉しいような照れ臭いような気持ちを抱きながらホルモン剤を飲み続けました。
市村は丸みを帯びてきた体の写真を撮り、タケオに送りつけましたが、その返信はありませんでした。
市村がタケオに「会いたい」とLINEを送っても既読無視になることが続いていたのです。
あるとき、いきなりタケオの家に押しかけようとマナ(市村)が街に出ると、とても綺麗な足をした女性を見かけました。
見惚れるような長い脚でした。
その女性の脚から目を離すと、女性が背の高い男性と腕を組んでいることに気づきました。
それはタケオでした。
マナ(市村)がタケオの名前を呼ぶと、その美しい脚の女性は「知り合い?」とタケオに訊ねました。
しかしタケオは「知らないなあ。
僕は男には興味はないよ」と、立ち去ってしまうのでした。
市村はその後典子の前では決して女装姿にはなりませんでした。
しかし、女装仲間やタケオに会う予定がなくてもレディース服を纏い、メイクをして出かけました。
マナ(市村)はハイヒールを履き、背筋を伸ばし、慣れた様子で出かけるのでした。
クロス を読んだ読書感想
本作は、自らのアイデンティティや自由、そして自分がなりたい姿を思い悩む主人公の姿が、「女装」という文化を通して描かれています。
女装や同性への恋愛感情は偏見の目を向けられることも多々あり、作中の市村およびマナも他者から向けられる否定的な感情によって傷つき思い悩む場面がしっかりと描写され、胸に刺さる描写も多々ありました。
しかし、「女装をすること」や「自分は女性になりたいのか」といった感情に揺り動かされながらも、最終的には女装に出会わなければ得られなかったであろう自由を獲得するマナ(市村)の姿には勇気を与えられる人もたくさんいるのではないかと思います。
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