著者:千早茜 2018年2月に新潮社から出版
クローゼットの主要登場人物
下赤塚芳(しもあかつかかおる)
二十四、五歳くらい。カフェでバイトしているフリーター。
白峰纏子(しらみねまきこ)
二十七、八歳くらい。服の美術館で傷んだ服の補修を担当している。
青柳晶(あおやぎあきら)
纏子とは高校の同級生だった。服の美術館で学芸員をしている。
青柳征一郎(あおやぎせいいちろう)
服の美術館の館長。
周防雅(すおうみやび)
七十歳をすぎた写真家。服の美術館の収蔵品の写真をお願いしている。
クローゼット の簡単なあらすじ
芳(かおる)は小さなころから女の子のきれいな服が好きです。
纏子(まきこ)は幼少期に体験した事件のために極度の男性恐怖症を患っています。
世間からずれた位置にいるふたりが、服の美術館での仕事を通して、徐々に自分を取り戻していきます。
クローゼット の起承転結
【起】クローゼット のあらすじ①
芳(かおる)は男性ですが、幼いときから女の子のきれいな服が大好きでした。
お母さんがこっそりと買ってくれた女の子用のワンピースを着て、乱暴な男の子に石を投げられ、怪我したことがありました。
そのとき介抱してくれたのが、ある年上の女の子でした。
大人になった芳は、デパートのカフェでアルバイトをしています。
ある日、芳が働いているデパートで、女性用下着の歴史展が開かれることになりました。
壮絶な美人の青柳晶と、地味でおどおどした白峰纏子(まきこ)が展示の準備をします。
展示された下着の美しさに見とれていると、老人に声をかけられ、名刺を渡されました。
興味があるなら一度見に来なさい、ということなのでした。
さて、もうひとりの主人公の纏子ですが、服装の美術館で、服の補修をして働いています。
纏子は人間、特に男性が苦手です。
黙々と服を修繕する仕事は、人が苦手な纏子にとって、とても働きやすい場所です。
仕事に集中するあまり、しばしば昼食をとることを忘れるほどです。
そんな纏子は、定期的に父と会食しています。
父さえも苦手なので、たったひとり心を許せる晶が同行してくれます。
今回の食事会も、纏子はほとんどしゃべらず、晶と父がしゃべって終わったのでした。
その後、デパートに展示した品物を回収するにあたり、纏子は芳に借りをつくることになります。
さて、再び芳の話です。
芳はデパートで働く、きれいなだけの女性にうんざりしています。
気が向いて、老人からもらった名刺の番号に電話しました。
言われた通りに服の美術館に行くと、壮絶美人の晶が、しぶしぶといった感じで案内してくれたのでした。
【承】クローゼット のあらすじ②
芳は晶に案内され、おもに十八世紀の男性服を見せてもらいます。
それはとても美しいものでした。
きれいな服を着たい芳は、男に生まれたことを損だと思っていました。
しかし、男性がきれいな服を着ていた時代があったと知って、芳は救われた気持ちになります。
そして、自分をここで働かせてほしい、と申し出るのでした。
さて、纏子側の話です。
美術館では見学希望者を受け入れています。
今日はレース作家の小倉さんが来ました。
小倉さんは色白の男性で、あまり男であることを感じさせません。
それでも男性が苦手な纏子には近寄りがたいのです。
今日は晶の誘いで、小倉さんといっしょに収蔵庫を見せてもらえることになりました。
小倉さんと別個に引出しをあけ、見とれているうちに、あっという間に時間が来ました。
晶が小倉さんを送っていく間、休んでいると、いまはボランティアをしている芳がやってきました。
芳は亀の刺繍のスカジャンを着ています。
亀の模様は、纏子の幼いころの恐怖を呼び起こします。
纏子の様子を心配した芳が、彼女に近づきます。
纏子はパニックになります。
そこへもどってきた晶は、纏子を守るために、芳を投げ飛ばしたのでした。
そうしてまた芳のほうのお話。
翌日、痛む体をいたわって、芳は美術館へ行きます。
真紀子はお休みしていました。
芳は晶に言われます、「自分より大きな男に触られる恐怖なんてわからないでしょうね」と。
反省した芳は、搬出した品物が返ってくるお手伝いをします。
そこへ写真家の周防雅がふらりとやってきて、芳たちと話をします。
ベテラン補修員の雛が言います、「この美術館や、服や、纏子といった大切なもののために、自分はなにができるのか、と晶はずっと考えているのだ」と。
【転】クローゼット のあらすじ③
纏子の幼いころの記憶がよみがえります。
年下のかおるという女の子とクローゼットで遊んでいたときのこと。
母の恋人から、かおるを守ろうとして、乱暴されてしまいます。
その男性は手に亀のタトゥーがありました。
纏子は殴られて右目にけがをし、その後は、離婚した父のもとに引き取られたのです。
それからというもの、すべての男性が暴力的ではない、と頭でわかっていても、心も体も拒否反応を示すのです。
纏子は四日ぶりに仕事にもどりました。
明治の女性、てぃ夫人の洋服を修繕するように言われます。
その服にはさんざん修繕したあとがあり、修繕されることを拒んでいるのかもしれない、と思うと、纏子はどうしたらよいかわかりません。
そこへ芳が入ってきました。
「怖かったら目だけをみてほしい」と言います。
その言葉は纏子を勇気づけ、彼女はてぃ夫人が生きようとしていた姿を見つけようと決意するのでした。
さて、芳の話になります。
芳は補修室で仕事をするようになります。
ふとしたことで、昔の女性のコルセットをつけることになります。
芳が装着するコルセットをぎゅうぎゅうと締めたのは、纏子でした。
コルセットをつけ終わった芳は、少し女性がわかったような気になります。
その後芳は、写真家の周防から、纏子が幼いころにどんな目に合ったのかを聞きます。
周防は芳によって纏子に化学変化が生じることを望んでいるようです。
さて、再び纏子の話です。
クリスマスの展示に向けて、補修室の皆は忙しく働いています。
晶が来たとき、芳は展示するマネキンにほんの少しポーズをとらせる提案をします。
そこへ入ってきたのが、高木といういけ好かない学芸員。
高木は芳の提案を素人考えと馬鹿にし、さらに纏子に文句を言います。
晶は高木を突き飛ばします。
芳が晶に苦言を呈します。
纏子は、自分が弱いせいでこうなるのだ、強くならなければ、と思うのでした。
【結】クローゼット のあらすじ④
クリスマス間近のある夜、カフェのバイトを終えた芳は、ケーキを差し入れようと、服の美術館へ行きました。
補修室に入ると、残っているのは纏子だけでした。
纏子は晶とミサに行く約束をしていたのですが、その晶がもどってきません。
ふたりで探して、収蔵庫へ行ってみると、晶は熱を出して倒れていました。
手を貸して部屋を出ようとすると、外から鍵をかけられていました。
学芸員のいけ好かない高木が、先日の仕返しにやったようです。
悪いことには停電までしました。
自家発電装置が働き、収蔵庫のなかはぼんやりした青い照明に切り替わります。
芳たちは、ありあわせの材料で晶を包んで温め、思い出話などしながら、青白い雪のような夜をすごすのでした。
さて、纏子の物語です。
収蔵庫にはほどなく館長が助けに来てくれました。
晶は養父である館長に連れていかれます。
年が明け、纏子は少しだけ変化しました。
まだ人は苦手ですが、幼い頃の事件を悪夢で見るのは減りました。
そんなある日、美術館にたくさん寄贈してくれているデザイナーの只野が、見学に来ました。
人繰りの都合で、纏子が案内役を務めることになりました。
ずいぶんとたくましくなったものです。
ところが、ふとしたことで、只野の手首に亀のタトゥーを見つけます。
幼いころ、纏子に乱暴したのは、この只野だったのです。
纏子はショックを受けます。
自分は、自分に乱暴した男の作品を一生懸命修繕していたのか、と。
事情を知った芳は、只野を追いかけようとします。
そこで初めて纏子は、幼い頃いっしょに遊んだカオルという女の子が、実は男性であるの芳であったことを知ります。
纏子は、もうまわりに憐れまれたくない、と思い、強く生きたいと決意します。
やがて、父との会食の日、纏子は初めてまともに会話を交わすのでした。
クローゼット を読んだ読書感想
一読してまず感じるのは、出てくる服がとても美しく、きらびやかだということです。
描写がいいのでしょうね。
まるでその服を目の前にしているように感じられます。
女性読者なら、登場する服の箇所を読んでいるだけで、おなかいっぱいになるのではないでしょうか。
さて、読み終わって次に感じたのは、主人公纏子の成長ぶりがとても好ましいということです。
男性恐怖症が完全に消えて、生まれ変わったようになる、というわけではありません。
ほんの小さな進歩です。
そこがいいんです。
さんざん苦しんだ女性が、ようやく小さな一歩を踏みだせた。
そのことが、多くの女性の共感を呼び、また勇気づけるのではないでしょうか。
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