著者:イバン・レピラ 2017年1月に東京創元社から出版
深い穴に落ちてしまったの主要登場人物
兄(あに)
身体が大きい。頼りがいがある。
弟(おとうと)
身体が小さい。兄に頼りがち。
母(はは)
兄弟二人の母親。二人を穴に突き落とした。
深い穴に落ちてしまった の簡単なあらすじ
森の中の深い穴に落ちてしまった大きい「兄」と小さい「弟。」
外の世界と断絶された絶望の中、弟は次第に精神を病み、現実と幻覚の狭間を彷徨うようになるが、そんな弟を兄は支え、守り続ける。
二人は泥水をすすり虫や木の根を食べて必死に生き延び、そして穴からの脱出を試みる。
実は穴に落ちている兄弟は私たちかもしれないという、厳しい時代を生き抜く人たちのための寓話。
深い穴に落ちてしまった の起承転結
【起】深い穴に落ちてしまった のあらすじ①
北に山脈が横たわり、海ほどもある湖が周りを取り囲んでいる森。
その真ん中にある穴に、大きい「兄」と小さい「弟」が落ちてしまいます。
穴は深さ七メートル、がらんどうのピラミッドのように入り口が狭く、底が広いものでした。
兄弟はどうにか穴から出ようと、土で階段を作ったり兄が弟を肩車をしたりといろいろ試してみますが、全て徒労に終わります。
助けを呼ぶ声も枯れ果てた末、兄弟が最後に試みたのは、兄と弟が向かい合わせて両手をつなぎ、兄が弟の体を水平にぐるぐる回転させて、ハンマー投げの要領で穴の外に投げ飛ばす方法でした。
しかし実際やってみたところ飛距離が全然足りず、弟は穴の壁に激突して怪我をしてしまいます。
二人は脱出を一旦あきらめ、とにかく生き延びることを決意します。
実は穴の中には兄弟のほかに、パンやチーズなどの食料が入った袋も落ちていました。
空腹を覚えた弟はそれに手をつけようとしますが、兄は「それを食べてはいけない」と、弟に手を上げてまで強く言い聞かせます。
それは母親に渡す食べ物だ、と。
【承】深い穴に落ちてしまった のあらすじ②
兄弟は穴の底に染み出る泥水をすすり、穴に生息する虫や木の根を食べて、必死で命をつなぎます。
ただでさえ極限状態の上、日照りで水が干上がって脱水症状になったり、二人の体臭に誘われた狼が穴に入ってきそうになったりしますが、兄弟は互いに支え合い、窮地を乗り越えていきます。
しかし穴での生活はあまりにも過酷で、特に弟の方は一度肺を病んで高熱を出したのちは、肉体のみならず精神も徐々に弱っていきます。
一方兄は脱出するその日のために己の肉体を黙々と鍛えながら、日に日に衰弱する弟を父親のようにかいがいしく世話します。
ある日ストレスからまともな言葉がしゃべれなくなった弟を、兄が優しくなだめてやると、弟は泣きながら兄に告げます。
「すだいだきよ」その後言語障害は治ったものの、幻覚を見たり自分自身と会話したりと、弟は現実と狂気の世界を行ったり来たりするようになります。
兄は自分たちをこんな目に遭わせた者——母親への復讐心を静かに燃え上がらせつつ、ひたすら弟の相手をします。
【転】深い穴に落ちてしまった のあらすじ③
穴での生活は数週間に及び、虫や木の根ですらだんだん少なくなっていきます。
偶然穴の中に舞い降りた鳥もそのまま食べず、腐らせてウジをわかせてそのウジを食べるというおぞましい手段を取って、二人はどうにか飢えをしのぎます。
その間も弟の精神は着実に崩壊し続け、錯乱しながらもつたない言葉で「ころして」と兄に訴えます。
そしてある日「下から出る」と言って弟は壁にトンネルを掘り出し始め、彼に限界が来たことを悟った兄は、再び脱出を試みることを決意します。
その方法は以前もやった、ハンマー投げの要領で弟を投げ飛ばすものですが、失敗すればすでに衰弱しきっている弟を殺してしまう上、実は血尿が出るなど弟同様に肉体がぼろぼろになっていた兄にとっても自身の命と引き換えの、二度とやり直しのきかない危険な作戦でした。
それでも兄は六日後に決行することを弟に告げ、兄弟の思い出や穴を出てから家に帰るまでの心得なども伝えて希望を与えることで、弟の精神を安定させることに努めます。
【結】深い穴に落ちてしまった のあらすじ④
決行当日、兄はまず手をつけないまま腐った食料が入った、母親の袋を穴の外に放り投げます。
それから兄は穴に落ちた日と同じように弟の体をぐるぐる回し、同じように投げ上げます。
ただその日と違うのは、弟の体は屍のようにやせ細り、逆に兄の体は鍛え上げられ、そして兄弟ともに心からの覚悟ができていたことでした。
おかげで弟は穴の壁に激突することなく無事地上に出ることができますが、兄は限界を超えた力を出してしまったために肉体がねじ曲がり、瀕死の状態になってしまいます。
それでも弟は「約束」を果たしたら迎えに来ると兄に言い残し、母親の袋を持って穴を後にします。
兄は穴の隅でひとり死を待ちながら、弟への言葉をつぶやきます。
「すだいだきよ……」自分をずっと支えてくれた兄を失い、喪失感に悶えつつも弟は何とか町に戻り、自分たちを突き落とした母親と再会します。
彼女は幸せそうに暮らしていました。
何らかの事情があるのだろうと思いつつも、弟は兄との約束通り母親を殺します。
施しに全く手を付けていないことを知らしめるために、食料袋で窒息させるという方法で。
そして時が過ぎ、穴に戻ってきた弟が、再び穴に落ちるべきか、兄を引き上げるべきか悩むところで物語は終わります。
深い穴に落ちてしまった を読んだ読書感想
穴がどこの国にあるのか、そして兄弟の名前も年齢も明かされない中、物語は進んでいきます。
穴の中で弟が見る幻覚、兄が抱く復讐の描写は何か別の意味を含んでいるようで、実際素数のみの章番号、弟が錯乱の末に吐き出す数字など、物語のあちこちに暗号が仕掛けられていて、それを解くことで作者がこの世に真に訴えたいことがにじみ出てきます(実はカバーのそでに暗号の答えが書いてあります)。
が、単純にそういうことを抜きにしても、ぐずぐずに腐って悪臭を放つ果実の中に芽吹く種を見つけたような、おぞましくも温かな世界を楽しめるお話です。
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