著者:石田夏穂 2023年7月に講談社から出版
我が手の太陽の主要登場人物
伊東(いとう)
カワダ工業に努める溶接工。三十九歳。
村上(むらかみ)
伊東の同僚の溶接工。
牧野(まきの)
伊東の先輩の溶接工。伊藤が新人の頃、指導してもらった。六十歳近い。
戸田(とだ)
若手の配管工。
カワダ(かわだ)
カワダ工業の副社長。
我が手の太陽 の簡単なあらすじ
伊東は、配管工事を請け負う会社で、二十年間働いてきました。
かつてはピカイチの腕を誇っていた伊東ですが、このところ、めっきり衰え、不良率が高くなっています。
先週も溶接を失敗した上、やり直しのときに安全作業を守らなかったため、一年間の溶接禁止を言い渡されてしまいました……。
我が手の太陽 の起承転結
【起】我が手の太陽 のあらすじ①
伊東は、プラントの配管工事を請け負うカワダ工業で、溶接工をしています。
かつては、伊東は溶接工のエースでした。
しかしこのところ、とみに腕が落ち、最近四半期の欠陥率は1.6でした。
直近にやっていた浜松の現場でもへたをうち、東京本社に呼び戻されました。
そのまま、表参道の解体現場行きを命じられます。
そこでは、溶接ではなく、解体のための溶断を行なうのです。
一流の溶接工のやる仕事ではありませんが、断ることはできません。
その解体現場に行ってみると、現場の管理はひどいものでした。
伊東がガス管のひび割れを指摘し、交換をたのんでも、替えてくれません。
また、その解体現場には土地の余裕がなく、公道を作業車がふさぐため、通行人と言い争いになっています。
結局、その日は雨のため、昼過ぎに作業が中止になりました。
伊東は同僚から頼まれていたことをやります。
先輩で師匠の牧野を、溶接工用の健康診断につれていくのです。
ついでに自分も受けてくるつもりです。
送っていく車のなかで、牧野が、ビル内部の配管敷設のほうにまわされていると聞き、伊東は愕然とします。
また、牧野から、どの現場に行っているのかと訊かれましたが、伊東は答えられませんでした。
【承】我が手の太陽 のあらすじ②
先週まで伊東がいた現場は、東海工業地帯の際にありました。
蒸気ドラムにとりつく主蒸気管を溶接する仕事です。
現場は元請の段取りが悪く、足場が作業の邪魔になっています。
伊東はわりきって作業にかかります。
まずは、配管のふちを溶接できる状態にまで加工する必要があります。
加工作業が終わり、元請の検査官に見てもらいました。
検査官は加工の出来を褒める一方で、前回の溶接がフェールだった、と教えてくれました。
また、最近、伊東の溶接が合格ラインぎりぎりということが多かった、とも言います。
三日後、同じ場所で作業していた伊東は、元請の事務所を訪ねます。
不思議なことに、「フェールした」と言ったあの検査官はおらず、伊東がフェールした事実もないのでした。
しかし、その日伊東の溶接した主蒸気管が、今度は本当にフェールしました。
気孔欠陥が見つかったのです。
工期が遅れていて、徹夜でやり直さなければなりません。
一度溶接線を切って、もう一度溶接するのです。
管の材料はクロムモリブデン鋼ですから、やり直しできるのは一度限りです。
それでもし失敗したら、材料の買い直しになるのです。
苦手な徹夜作業にそなえ、伊東は無理やり仮眠することにしました。
【転】我が手の太陽 のあらすじ③
午後七時、伊東は階段を上り、溶接の現場に行きました。
主蒸気管の蒸気ドラムのまわりは、作業完了とみなされ、足場が解体され始めていました。
床はあるものの、手すりがありません。
大変危険です。
伊東は迷ったものの、作業することにしました。
溶接を始めると、失敗した作業のときの体感がよみがえってきました。
あのときは足場が過剰だったため、溶接棒を持つ腕が足場にぶつかりそうで、感覚が狂ったのでした。
今回はぶつかりそうな物体はありませんが、安全帯のフックをかける場所が近くにありません。
無理にかけようとすると、時間を食いそうです。
その間は溶接を止めることになり、溶接部分が冷めてしまうのです。
とうとう伊東はフックなしで溶接を続けることにしました。
溶接が終わりました。
今度は合格の自信があります。
ところが、溶接の盛り上がりを修正しているとき、元請に、フックをしていないことを見つかってしまったのです。
こっぴどく叱られ、伊東は切れてしまいました。
安全を無視して作業したことは、カワダ本社に連絡がいきました。
伊東は、一年間溶接を禁止されてしまいます。
以上が、伊東のミスしたときの状況でした。
さて場面は変わり、後日、伊東が牧野を健康診断につれていったときのことです。
伊東は牧野に、自分の失敗を話しました。
牧野は、「一年も溶接しないと腕が落ちるから、練習しておけ」とアドバイスするのでした。
その後伊東が本社に行くと、現場からの引退を勧められます。
「管理職として後進の指導をするように」という話です。
伊東は反発するばかりです。
それからも解体現場にまわされた伊東は、そこでの安全管理のゆるさに幻滅したのでした。
【結】我が手の太陽 のあらすじ④
カワダの会社には、溶接の練習場があります。
伊東は牧野に言われたこともあり、そこへ行きました。
練習場には、今回の失敗の件で、伊東の代わりを務めた村上が来て、溶接していました。
村上は腰痛のために転職するそうです。
そして村上は、牧野がヒューム肺で、もう溶接業務には耐えられないのだと言います。
さらには、伊東が安全を無視して作業したことについて、「あんたは昔からそうだった。
安全を無視するから下手になるんだ」と非難するのでした。
伊東は牧野の家を訪ねます。
伊東は、牧野が今度行くМ井の定修をこっそりと交代させてくれ、と頼みます。
牧野は迷ったものの、最後には折れ、「おれの代わりなんだから、ヘマするな」と注文をつけるのでした。
翌日、ジャスコの解体現場で溶断作業していた伊東は、逆火のために左手にひどいやけどを負います。
直接には、鳶の男がガスホースを踏みつけたせいですが、踏まれるようなところにホースを放置した伊東のミスでもあります。
やけどを隠して、伊東はМ井の定修に行きました。
うまく溶接できません。
この程度の配管と馬鹿にした自分の傲慢さが招いたことだと自覚します。
どうにもならなくなって、伊東は分電盤のコードを外しました。
停電にして、作業を止めるためです。
すっかり性根まで腐った自分を自覚する伊東でした。
我が手の太陽 を読んだ読書感想
第169回芥川賞候補作です。
一読して、現場感が半端ないな、という印象を受けました。
現場に臨んでいる職人の、息づかい、心意気、プライド、達成感、などなど、現場に立った人間にしかわからないような雰囲気が、見事に作品上で再現されていると感じたのです。
例えば、主人公が、元請けの社員から苦情を言われ、お前ら偉そうに言っているが溶接一つも満足にできないんだろう、といったことを考えるシーンがあります。
私自身、かつては工場勤めのエンジニアでしたので、そういった「手を動かす人」の「偉さ」が実感としてわかるのです。
私ばかりでなく、たぶんさまざまの現場に立つ人の多くが、この作品に感銘を受けるのではないか、という気がします。
まさに、現場小説の佳作だと思います。
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