著者:片岡義男 2018年6月に河出書房新社から出版
くわえ煙草とカレーライスの主要登場人物
西条昭彦(さいじょうあきひこ)
主人公。マンガの原案やストーリーなどを提供するフリーランス。身近な人物・風景から着想を得る。
藤代美佐子(ふじしろみさこ)
西条の行き着けの店のホステス。調理師免許を生かせるような職場に移りたい。
野田(のだ)
西条の担当編集者。お酒が入るとハメを外す。
店主(てんしゅ)
カレー屋のオーナー。郷里に高齢の父を残している。
ママ(まま)
店主の妻でコーヒーショップを経営。常連の注文はすべて頭に入れている
くわえ煙草とカレーライス の簡単なあらすじ
マンガ家とコンビを組んで創作活動をしている西条昭彦、新作のネタに煮詰まっていたところに出会ったのは藤代美佐子。
体ひとつで夜の世界を渡り歩く彼女の姿から強烈にインスパイアされて、次々と斬新なアイデアが湧いていきます。
美佐子のほうも前々からの念願だった料理人へ転身するチャンスが転がり込んできて、思う存分に腕をふるうのでした。
くわえ煙草とカレーライス の起承転結
【起】くわえ煙草とカレーライス のあらすじ①
西条昭彦はマンガ雑誌や夕刊新聞を中心に、さまざまな文章をほとんどの場合は無署名で書いていました。
打ち合わせをする時にはたいがいがコーヒーを飲みながら、都電の駅を降りた先にある商店街のなかの喫茶店で。
席につくと水の入ったグラスを持ってくるのは「ママ」と呼ばれる中年女性、その人の顔をみるだけでアイスかホットか分かります。
ここから歩いて12〜13分くらいのところに住んでいるコミックス作家、各駅停車で3つ先のところに引っ越してきた漫画雑誌編集長の野田。
西条の仕事は人物のセリフとト書きを原稿用紙にまとめて、1回分のストーリーを作ることです。
次回は増刊号で全体で28ページ、ターゲットは成人男性、ヒロインは年若い女性、1編につき3回は彼女のしどけない半裸の姿を見せること。
そろそろ締め切りが迫っていますが、考えれば考えるほどプロットがぐらついて固まりません。
ありふれた庶民と生活、さしたる起伏なしに流れていく時間の中にこそ物語があるというのが西条の持論です。
【承】くわえ煙草とカレーライス のあらすじ②
気分転換でもしてみようかとママの店へ向かっていると、前方から歩いてくる姿のいい美人が。
ずいぶんと前に野田に打ち上げと称して強引に連れていかれた、グランド・キャバレーで働いている藤代美佐子です。
彼女の仕事は給仕でも接客ではなく、しいて言うならば「見せ物」でしょう。
腰のまわり全体からぶら下がっているのは暖簾のような細くて長いひも、身につけているのは三角形の小さなショーツだけ。
きつい化粧に笑顔を浮かべて、客席のあいだを練り歩いていたことをよく覚えていました。
1943年生まれで今年の9月には23歳、西条はいま26歳。
お互いにいい年だということでブルーマウンテンを片手に意気投合したふたり、すこし早めの夕飯にするために迷路のような道を抜けるとカレーライスのお店が見えてきます。
「営業中」と毛筆で書かれた木札が引き戸の上に、カウンターの奥から順番に7席。
「いらっしゃい」という店主の表情から美佐子がなじみの客であることは間違いありません。
【転】くわえ煙草とカレーライス のあらすじ③
スプーンの縁でたやすく切り分けることが出来るくらいに柔らかく、やや薄めに極めて軽くカラリと揚げたカツ。
ふっくらとしたご飯とスパイスの効いたルーとの相性もばっちりで、夢中で口に運んでいるうちに完食してしまいました。
上着の内ポケットから煙草を取り出してくわえる西条、美佐子は素晴らしいタイミングで火をつけてくれます。
彼女の仕草には媚びた姿勢がまるでなく、それは店でほとんど裸のような格好で踊っている時と同じような潔さ。
コミックスの女主人公もひとつひとつのコマの中で1枚ずつ服を脱いでいき、最後は下着姿にまでなるのがこれまでのお約束です。
男性の読書に「媚びる」のではなく、女主人公をおとしめるのでもなく、視点の取り方にも意表をつく新しさを取り入れて… 居ても立ってもいられなくなった西条は編集部へ、ママに話があるという美佐子はさっきのコーヒー店へ。
なんとか期日までに入稿を済ませるとみると連載は大好評、野田の話だと人気投票でも2位〜3位にランクインするとのこと。
それから1週間は他の依頼や雑事に追われていたために、満足に食事をとる暇もありません。
【結】くわえ煙草とカレーライス のあらすじ④
あのカツカレーがたまらなく恋しくなった西条は、平日の午後遅くで空いている時間を狙って来店してみました。
引き戸をひらいて入ると「いらっしゃい」が、声の主はあの店主ではなくて素っぴんで髪をうしろに束ねた美佐子。
手前から3つ目のスツールに座るとらっきょうの小皿が、辛さを和らげるにはピッタリでしょう。
肝心のカレーのほうは前回とまったく同じで申し分はなく、詳しい事情を聞きたいものの左隣には新顔らしき客が。
午後の8時前後にはラストオーダーだという美佐子から、自宅に電話がかかってきたのは9時を過ぎたころ。
父親の介護があって四国に帰らなければならない店主、料理の学校に2年通ったことがあり調理の免状も持っている美佐子。
あいだに入って交渉してくれたのがママ、店主とは夫婦の間柄だそうです。
3回ほど練習してレシピ通りの味が出せるようになった美佐子、店主が使っていた2階が空き部屋になっているために衣食住に困りません。
これからは間借り人として庶民生活の王道をいくという美佐子に、西条は明日も食べに行くと伝えるのでした。
くわえ煙草とカレーライス を読んだ読書感想
舞台となるのは都内某所、おそらくはもう誰も2年前に開催された東京オリンピックについて語らなくなった1966年。
大学在学中からさまざまなコラムや翻訳に手を出していたという片岡さん、西条昭彦の何でも屋的なキャラクターにうまく生かされていますね。
その西条以上に魅力的なのが藤代美佐子、「キャバクラ」ではなく「キャバレー」という響きに時代を感じました。
駅前に広がっているのはノスタルジックなアーケード街、軒を連ねるお店にもそれぞれ日常と非日常が共存しているはずです。
ほろ苦いコーヒーとスパイシーカレー、読み終わると喫煙者でなくても一服したくなりますよ。
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