著者:グレゴリー・ケズナジャット 2023年1月に講談社から出版
開墾地の主要登場人物
ラッセル・シーラージ(らっせるしーらーじ)
アメリカ人。日本に留学し、博士課程を修学中。実家は米国サウスカロナイナ。
父親(ちちおや)
ラッセルの父親。イラン人。アメリカに留学して、そのまま定住。シングルマザーだったラッセルの母と結婚し、ラッセルを養子にした。作中に名前は出てこない。
アミン(あみん)
父親の年下の従兄弟。イラン人。アメリカに留学して、そのまま定住。
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開墾地 の簡単なあらすじ
ラッセルは日本の大学に留学し、現在は博士課程で日本文学を研究しています。
彼は夏休みを利用して、アメリカのサウスカロライナの実家に帰省しました。
母は昔に家を出て行っており、父がひとりで住んで、家や土地の手入れをしています。
ラッセルは、故郷の人々の会話や、なじんできた日本での会話の行間にあるものが共感を迫ってくるのが、とても憂鬱です……。
開墾地 の起承転結
【起】開墾地 のあらすじ①
ラッセルは日本の大学院生です。
日本の大学に留学して十年になります。
日本文学科を卒業したあと、大学院へ進み、修士課程を終え、博士課程に進みました。
いまは博士論文を書いているところです。
その論文が審査を通れば、来年の四月には学生でなくなります。
そんな大事な時期なのですが、ラッセルは夏休みを使って、アメリカのサウスカロライナにある実家に帰省したのでした。
東京から半日かけて帰ってみると、時差ボケがひどくて、夕方になって起きました。
懐かしい故郷の虫の音が聞こえます。
ラッセルの育ての父親がいて、サフランライスを作ってくれました。
日本で食べるそれとは、やはり違います。
食後にまた寝ると、今度起きた時には深夜になっていました。
父親のことを考えます。
父親はイランからアメリカに留学して、そのままアメリカで就職した人です。
父親は昔、故国のアメリカ大使館でビザが許可されたとき、同様にビザ申請に来ていた人々から質問ぜめにあったことを、何度も話します。
ラッセルもまた、何度も興味を持って聞いたものでした。
【承】開墾地 のあらすじ②
久しぶりの実家で、ラッセルは戸惑っています。
虫にせよ、その鳴き声にせよ、無意識のうちにそれを日本語で何と言うか、とか、どう説明するか、と考えている自分がいるのです。
父親もまた、アメリカで見聞きしたものについて、イラン語でどのように説明するか、考えているのだろうか、と思うのでした。
父親が住んでいるのは、母の曽祖父が買い取った土地です。
その母ですが、父とは職場結婚でした。
当時、母はシングルマザーで、ラッセルは二歳でした。
夫婦の関係は、初めのうちは順調でした。
しかし、母はしだいにストレスをため、たびたび爆発するようになりました。
やがて、ラッセルが七歳になると、とうとう家を出ていってしまったのでした。
ラッセルは、父親とは養子縁組をしていましたので、そのまま親子として、その家に住み続けました。
母が家を出て行ってから、父は家と土地の手入れを熱心に行なうようになりました。
少し手を抜くとすぐに侵食してくる葛が、一番の大敵です。
父はそうやって家の手入れに没頭することで、母が出ていったあとの孤独を紛らわせていたのかもしれません。
少しは時差ボケのおさまったラッセルは、父といっしょにトラックに乗って町へ向かいます。
道中で見ていると、中学のころに進出してきた日本の工場はつぶれ、バイトしていた書店もありませんでした。
父は、カリフォルニアに住んでいる従兄弟のアミンが、秋に家に来ると話します。
アミンはイランの女性とお見合いして、再婚するそうです。
相手はイランから出たこともない女性だそうです。
こっちへつれてきたら、国へ帰りたいと言い出しそうです。
ラッセルも父親も、外国に出てもそこでやっていけるタイプですが、世の中、そうでない人のほうが多いのです。
【転】開墾地 のあらすじ③
昔、母が家を出て行ったときのこと。
しばらくして、アミンが家にやってきました。
アミンは家のなかの雰囲気を明るくしようと努めます。
ラッセルがベッドに入ると、アミンと父の会話が聞こえてきました。
ペルシャ語はほとんどわかりませんが、ところどころで、父が南部なまりの英語でしゃべります。
どうやらアミンが父に帰国を勧めているようです。
いつもは二、三日で帰るアミンが、そのときは一週間たっても帰りませんでした。
父はイランへ帰国する決意をかためました。
一週間ほどの里帰りです。
その間は、アミンがラッセルの面倒を見てくれました。
話を聞くと、アミンも父と同じように留学でアメリカに来たのですが、イランで戦争がおこったために帰れなくなり、やむを得ずアメリカに残ったのでした。
一週間後、アミンとふたりで空港へ父を迎えに行きました。
帰郷によって父はどこか変わったのか、ラッセルは探しますが、よくわかりません。
ただ、帰りのトラックの中で、父はこれまで見たこともないくらい疲れた様子で眠っているのでした。
家にもどると、アミンが父に、カリフォルニアに転居することを勧めます。
カリフォルニアにもイラン村があって、同胞たちがたくさんいるそうです。
しかし、父は乗り気でない様子です。
さて、現在に場面をもどします。
ラッセルは父といっしょに町にあるホームセンターに行きました。
はびこる葛を焼き払おうと父は考えています。
そのための道具を物色した父は、店員に、その道具に使う燃料の種類を尋ねました。
しかし、うまく伝わりません。
ようやく伝わると、店員は、ここに書いてあるでしょ、と言わんばかりの態度で、不愛想に教えて去っていったのです。
ラッセルは、周囲の南部なまりの強い英語を遮断することができず、気分が悪くなっていきます。
【結】開墾地 のあらすじ④
ラッセルには、英語を忌避している面があります。
昔、母は南部なまりの強い英語をしゃべりました。
母のしゃべっている内容ではなく、その行間からあふれてくるものが、自分のなにかと共振してしまうのが嫌でした。
ほかの人の英語についてもそうなのです。
父はきっとそんなときに英語を遮断して、ペルシャ語に逃げるのでしょう。
昔、ラッセルはそれがうらやましくて、父にペルシャ語を教えてくれるように頼んだことがあります。
父はラッセルの意図がわからないらしく、英語をしゃべれるということは世界へ出ていくのにとても幸運なことなんだ、と説明するばかりでした。
やがてラッセルは日本の大学へ留学し、日本文学を学び、英語を遮断することができました。
ところが、日本語になじむにつれ、日本語の行間もまた彼に共感を迫るのでした。
その迫りかたは、ちょうど実家に迫ってくる葛の蔦のようです。
父は、買ってきた道具を使って、葛を焼き払いにかかります。
葛は、どれだけ父ががんばろうと、いずれは家を呑みこんでしまうことでしょう。
けれど、とりあえずいまは、父がいくばくかの間それを食い止めている、とラッセルは安堵するのでした。
開墾地 を読んだ読書感想
第168回芥川賞候補作です。
本を手に取った時、まるで外国人みたいなペンネームだなあ、と思ったものでした。
そしたら、本当の外国人ではありませんか。
びっくりしました。
内容は、というと、ストーリー的には単純なものです。
日本に留学している学生が、夏休みにアメリカの実家に帰省し、父といっしょにホームセンターで雑草を焼き払う道具を買ってきて、使う。
たったそれだけです。
でも、読んでいると、なんとも言えない濃厚な淀み、とでも言うべきものが感じられます。
私の印象では、それは違和感と呼ぶべきものです。
なにか違う。
違うものの正体はわかりませんが、なにか違う。
その違和感のため、読んでいて、息苦しさをおぼえるのです。
ところで、文中には、言葉の行間にあるなにかが共感を迫ってきて、べつの言語に逃げ出したくなる、というような書き方をしてあります。
正直言って、なんのことかは理解できません。
ただ、主人公が感じているらしい息苦しさは、読んでいて確かに伝わってくるのでした。
主人公の感じる息苦しさと、私が小説から感じた息苦しさが、同じものかどうかはわかりません。
それでも、読みおわって、異様な読書体験をしたなあ、と思える作品でした。
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