著者:井上荒野 2012年9月に光文社から出版
さようなら、猫の主要登場人物
美那(みな)
ヒロイン。専門学校の生徒だが授業には出ていない。田舎で育ち東京にばくぜんと憧れていた。
ハッピー(はっぴー)
美那のペット。生後すぐに母親と引き離されたために甘えたい盛り。
アオイ(あおい)
美那の遊び仲間。今が楽しければそれでいい。
僚(りょう)
アオイの彼氏。学生だが毎晩のようにクラブにたむろする。
ハック(はっく)
僚のクラスメート。裕福な家庭から使いきれないほど仕送りを受けている。
さようなら、猫 の簡単なあらすじ
怪しげなカップルに狙われていた子猫を保護したのは、これといった目標もなく上京生活を続けていた美那です。
ハッピーと名付けてかわいがっているうちに愛着が湧いてきましたが、夜の盛り場で出会ったハックから引き取り先を紹介されます。
いつしかハッピーの存在がかけがえのないものに変わっていることを確信した美那は、最優先でこの子を守ることを決意するのでした。
さようなら、猫 の起承転結
【起】さようなら、猫 のあらすじ①
東京にあるインテリアデザイン学校に入学した美那でしたが、新しい家具や未来の住宅の設計図を描いて提出しても酷評されるばかりです。
自分がデザイナーになれないことを悟ると学校に行かなくなり、アルバイトをしたりアオイと一緒に夜遊びをしたりと生活は荒んでいきました。
いつものように日付が変わる頃に帰宅する途中、おそろいの黒いジャージを着てコソコソとした様子の男女が。
ダンボールに母猫と彼女の子どもを無理やり詰め込んでいて、明らかに里親募集や避妊手術の地域ボランティアではありません。
美那が声をかけるとふたりはスモークガラスのバンに飛び乗って逃走、その場に取り残されてうずくまっていた1匹をアパートに連れて帰ります。
白猫で性別はオス、しっぽと足の先だけは真っ黒、乳離れをしたばかりで人間に対する警戒心はなし。
実家でも猫は何匹か飼っていましたが、世話をするのは両親で美那はノータッチでした。
コンビニエンスストアで購入したたキャットフードを与えているうちに、初めて自分の猫になったことを確信します。
【承】さようなら、猫 のあらすじ②
バーのカウンターでアオイと一緒にビールを飲んでいる時に、拾った猫に「ハッピー」と名付けたことを打ち明けました。
これまで学業もバイトも中途半端に放り出してきたことを知っているアオイ、美那が飼い主では絶対にハッピーになれないと断言します。
その言葉で一念発起した美那、ピッツェリアでウェイターをしていますが午後7時から8時に上がれるシフトに変更してもらうことに。
1DKの自宅に帰るといちいち後ろをついてくるようになったハッピー、今ではトイレでもお風呂に入る時も一緒です。
まもなくアオイには僚という恋人ができて3人でクラブにいく機会が増えましたが、遊んでいてもハッピーのことが頭から離れません。
ブースのサウンドや他の客たちの会話、カクテルの色にシガレットの煙、ヘアワックスの香りにヒールが床を打ち鳴らす音… すべてが自分からは遠い世界に感じてしまう美那、早々と部屋に戻ってハッピーと布団の中に潜り込みたくなってしまいます。
【転】さようなら、猫 のあらすじ③
すっかり付き合いが悪くなった美那のことが面白くないアオイ、その美那にぜひ紹介したい人がいるという僚。
同じ学校に通っていて年齢は少し下くらいかと思われるハックは、盛り場からほど近い一等地の高層マンションに部屋を持っていました。
白とブルーを基調としたインテリアはいずれも海外の一流メーカー、リビングだけでも美那の部屋の倍の広さ。
大きなマリンブルーのソファーに座った途端に押し倒されますが、お金持ちに愛されるのも悪くはないという気持ちです。
翌朝にダブルベッドの上で目覚めるまで、美那の頭の中からハッピーのことはスッポリと抜け落ちていました。
猫に合わせて暮らしている限りは、ハックとのお泊まりや旅行などのイベントはおのずと制限されてくるでしょう。
「猫 寿命」と入力してインターネットで検索してみると平均で10〜15年、美那は今年19歳になったばかり。
34歳になった自分とハックが順調に交際を続けている姿などは、まるで想像もつきません。
【結】さようなら、猫 のあらすじ④
例のクラブで顔が広いハック、ハッピーをもらってくれる人にも心当たりがあるとのこと。
常連客でフロアで踊っている何人かのうちのひとりだそうですが、美那は顔を見たこともなく素性も分かりません。
猫をおもちゃの代わりにする者、すぐに飽きて保健所に処分を頼む者、捨ててしまう者、わざわざ虐待するために手に入れる者… 美那が思い浮かべたのは例の黒ジャージ姿のふたり組、ハッピーの母ときょうだいたちの安否はいまだに分かっていません。
ふいに震え出したスマートフォン、通話ボタンをクリックして最寄り駅からアパートまでの道順を教えるだけでやっかい事からは解放されます。
まさに瞬間に駆け寄ってきたのはハッピー、無邪気にじゃれついてきて構ってほしいようです。
鳴り続けている電話を放ったらかしにして自転車に飛び乗った美那、駅とは反対の方角へ。
何から逃げているのかどこに向かうのかも分からない美那でしたが、カゴの中で抗議の声をあげるハッピーに「大丈夫」とささやくのでした。
さようなら、猫 を読んだ読書感想
主人公の美那は地元の高校を卒業したばかりで、これといった知識も才能もない世間知らずな女の子。
勢いだけにまかせて都会に飛び込んでも、クリエイティブな職に就ける訳はありませんよね。
あっさりと夢に破れてしまうほろ苦いオープニングでしたが、無味乾燥な日々にうるおいを与えてくれるかのような珍客が。
愛くるしいハッピーとのひとつ屋根の下での暮らしには癒やされるものの、一歩でも外に出ると悪意が満ちあふれていることも否定できません。
モラトリアムの壁にぶつかった1人と自由気ままで純真な1匹が、どこまで行けるのか見届けてあげたくなりました。
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