著者:澤大知 2022年3月に河出書房新社から出版
眼球達磨式の主要登場人物
彼(かれ)
デパートで働いている男性。作中に名前は出てこない。
アイ(あい)
ホビー用のラジオコントロールカー。三つ葉社製。
父(ちち)
〈彼〉の父親。作中に名前は出てこない。
ロボットドッグ(ろぼっとどっぐ)
センサで不審者を検出して、犬の吠え声を発する機械。四角い箱の形をしている。
瓦猿(かわらざる)
地元の名産品。作中ではしゃべって動く。
眼球達磨式 の簡単なあらすじ
デパートに勤める〈彼〉は、ある日、社員向けの割引販売会で、RCカーのアイを手に入れます。
魚眼レンズのアイの目に映ったものは、モニタで見ることができます。
〈彼〉はしばらくの間、アパートのまわりでアイの操作を練習したのち、外の世界へ向かってアイを走らせるのでした……。
眼球達磨式 の起承転結
【起】眼球達磨式 のあらすじ①
ある日、アパート暮らしをしている〈彼〉のもとに、父から荷物が届きます。
〈彼〉の住んでいる付近で不審者が目撃されているからと、監視カメラを送ってきたのでした。
〈彼〉はベランダにカメラを設置しましたが、来る日も来る日も、特になにもない風景が映っているばかりです。
そんなある日、〈彼〉の勤めるデパートで、従業員向けに割引販売会が行われました。
〈彼〉は、アイという名称の、魚眼レンズを搭載した小型のラジコンカーを買いました。
まずはペアリングを済ませます。
カーとリモコンを一対にする作業です。
これで、別のリモコンで〈彼〉のアイを操作することはできなくなりました。
〈彼〉は仕事から帰ると、毎日アイを操縦して、アパートのまわりを散策させました。
一週間たって、アイの操縦に慣れてくると、少し冒険しはじめました。
アパートのまわりから、少し外の道路へとアイを走らせたのです。
その途中、別のアイが道路を走っているのに出くわしました。
そのアイを尾行していくと、女性のスニーカーが映りました。
別のアイがそれを追い、彼のアイが別のアイを追います。
突然にわか雨がふって、アイの操縦ができなくなりました。
と思ったら、彼のアイはスニーカーの女性に捕まえられ、ポケットに入れられてしまったのでした。
【承】眼球達磨式 のあらすじ②
〈彼〉はアイの夢を見ました。
アイが女の部屋に入っていて、踏みつぶされる夢です。
〈彼〉自身の目もつぶされたように感じて、目をさますと、自分で自分のまぶたに指を突っこもうとしていたのでした。
アイを失った〈彼〉は、アイについてもっとよく知ろうと、デパートの家電品売り場へ行きます。
ところが、そこではアイを扱っていない上に、先日〈彼〉にアイを売った販売員も存在しないのでした。
翌朝、モニタの光で目がさめました。
不思議なことに、アイが自走して、その目でとらえた風景を、モニタに送ってきているではありませんか。
アイは道路を走り、一軒の家に入ると、庭を抜け、犬小屋に入りました。
突然、近くで犬の吠える声がしました。
主人らしい女が出てきて、小屋のなかに手を突っこみます。
なかから四角いものを取りだして、またもどします。
それは、不審者をセンサで感知して、犬の吠え声を出す装置でした。
女にスイッチを切られたらしく、もうアイが近寄っても、反応しません。
そこへ、小さな瓦猿がやってきました。
地元の名産品だそうです。
猿とロボットドッグが話し合い、アイを含めて三人で、近ごろ騒ぎになっている不審者を探しに行こう、ということになりました。
【転】眼球達磨式 のあらすじ③
〈彼〉はアイの送ってきた画像から、どこかで見たような地区だと思いました。
思いあたるところへ行ってみることにします。
バスと徒歩で、台地にある住宅街へと出かけていきました。
アイの姿はありません。
そこへ、男女ふたりがやってきて、〈彼〉に対し、あたかも職務質問のように問いかけてきます。
ふたりは、三丁目の町内会が組織した管理組合の者たちでした。
最近、不審者がいるので、よそ者を排除しようとしているのです。
そこへ、別のグループがやってきて、〈彼〉を救いだしてくれました。
が、そのグループはそのグループで、〈彼〉を捕まえ、喫茶店へとつれていきます。
彼らは、管理組合によるゲーティッドシティ化の条例に、反対するデモ隊なのでした。
明日デモをするので、〈彼〉の参加を希望している、と言われました。
さて、帰宅して、寝ていると、またモニタの明かりで目が覚めました。
アイの一行に、ヤモリが加わっています。
そこへ選挙カーが通りました。
ウグイス嬢が、候補者の名前を連呼します。
アイの一行は、その選挙カーに飛びつきました。
選挙事務所についてしばらくすると、ウグイス嬢が煙草を吸いに外へ出てきました。
アイの魚眼レンズで見ていると、彼女はウグイスに変身しました。
ウグイスは、今日の午後、反対デモが行なわれる場所を、アイたちに教えてくれました。
ウグイスに誘われて、一行は鬼退治とばかりに、再び選挙カーに飛び乗るのでした。
【結】眼球達磨式 のあらすじ④
選挙カーは候補者の名前を連呼し、ゲーティッド・コミュニティ実現に向けてがんばることを謳いあげます。
やがて、住宅地に来ると、候補者とスタッフたちが車をおりて、歩きだしました。
この練り歩きを”桃太郎”と言うのだそうです。
アイの一行も、考えてみると、犬、猿、鳥、団子、とそろっていますが、桃太郎も鬼もいません。
と、桃太郎の一行にデモ隊が攻撃してきました。
靴を両手にかかげているさまが、まるで鬼の角のようです。
ふたつのグループの諍いとなり、アイたちは車をおりて、坂道をのぼっていきます。
アイの体がぐんぐん大きくなっていきます。
そんな画像を見ているうちに、〈彼〉は眠ってしまいました。
目をさますと、モニタに画像が映っています。
元にもどったアイが、アパートの近くに来ています。
アイの目が、アパートから出た〈彼〉の姿を映しだします。
アイを拾いあげた〈彼〉は、近づいてきた女に捕まって、車に乗せられ、女の住むマンションにつれていかれました。
女は録画を見せます。
それは女が脱いで裸になるところを、アイの目が映した画像です。
のぞきの罪で捕まるのかと思ったら、女からベッドに誘われました。
女とセックスを始めた、と思ったら、女は鳥かなにかに変身していて、それでもセックスを続けます。
すると、ドアにノックの音がして、警官が入ってきました。
〈彼〉は警官に捕まってしまうのでした。
眼球達磨式 を読んだ読書感想
第58回文藝賞受賞作品です。
読み終えて、非常に不思議なファンタジー世界を体験したような気分になりました。
ただし、作品の冒頭からファンタジー世界というわけではありません。
出だしはきわめて現実的な世界が描かれています。
ラジコンカーのアイが出てきますが、これだけなら、実在したとしても不思議はありません。
それを買った主人公が、操縦の練習を繰り返すと、アイの魚眼レンズに映った風景が、モニタに映ります。
それも、初めのうちは、奇妙な画像ではあるものの、あくまで現実世界の画像です。
ところが、アイに街中を走らせはじめるあたりから、どんどんと世界がゆがみ、飛躍してきます。
このあたりのドライブ感というかトリップ感が、ふわふわした夢を見ているようで、おもしろかったです。
物語の最後は、それこそ夢の世界のように不条理で、理屈はわからないものの、でもなんだか納得してしまう終わりかたでした。
まことに不思議な作品だったという印象です。
コメント