著者:倉本美津留 2020年11月にワニブックスから出版
びこうずの主要登場人物
後藤誉(ごとうほまれ)
主人公。幼少期には画家に憧れていたが学芸員に落ち着く。ひとつの物事に執着して完璧さを求める。
剛岩治(ごうがんじ)
誉の親友。物静かだが映画や音楽に詳しい。
後藤ケイ(ごとうけい)
誉の妻。高校時代は吹奏楽に夢中で卒業後にピアノ教師になる。
後藤向日葵(ごとうひまわり)
誉の娘。お絵描きが好きで無邪気。
丹下(たんげ)
誉の隣人。被爆体験を語り継ぎつつ農業に励む。
びこうず の簡単なあらすじ
自らの前世がヴィンセント・ヴァン・ゴッホではないかという考えが、少年時代の後藤誉の頭によぎります。
年齢を重ねるにつれて折り合いをつけることに慣れていきますが、再び情熱に突き動かされたのは学芸員として「ひまわり」に触れた瞬間です。
社会情勢が目まぐるしく変化していく中でも、誉は仕事も家庭も投げ出してすべてを創作活動に注ぎ込むのでした。
びこうず の起承転結
【起】びこうず のあらすじ①
子供の頃から絵を見たり描いたりするのが好きな後藤誉でしたが、本格的に絵画を学んだことはありません。
中学生の時の美術の時間に教科書にのった「ひまわり」を眺めているうちに、唐突なひらめきに襲われました。
ひまわり、作者ゴッホ、後藤誉、後誉、ゴッホ… 自分がゴッホの生まれ変わりではないかと興奮した誉でしたが、周りの人たちに否定されるのが怖くて心の中に留めておきます。
ひとりだけ打ち明けた相手は剛岩治、小学生の頃からずっと一緒にいてあだ名は「ギャン」です。
父親が収集しているレコードや専門書、母親がどこからか手に入れていた縄文型土器やインカ帝国時代の置物。
遊びに行くたびに面白いものが出てくる岩治の家で、誉はさまざまなアーティストの画集を見せてもらいました。
進路選択や大学受験で慌ただしくなってくる高校生、社会や経済のことをある程度は分かってくるようになる大学生。
夢だけでは生きていけないことを悟った誉は、現実に合わせて軌道を修正をしていきます。
【承】びこうず のあらすじ②
新宿に本社のある大手損害保険会社に就職が決まった誉は営業マンにでもなるつもりでしたが、配属された先は関連財団が運営している美術館です。
国が定める資格を持っていないために、専門職ではなく学芸員補を4年間に渡って勤めました。
入社して3年目には高校時代から付き合っていたケイという女性と結婚して、女の子を授かり向日葵と名付けています。
働きぶりをある程度評価された誉は上司の勧めで学芸員資格を取得すると、その年に親会社がロンドンでゴッホの「ひまわり」を53億円で落札します。
煩雑な手続きを済ませて日本へと空輸されたのが4カ月後、美術館への到着日はセキュリティ上の観点から関係者しか知りません。
木枠に収まった箱を台車で運搬する数人の作業員、シートの上で開封するのは手袋をはめた誉ただひとり。
目の前に太陽のような花が現れた時には、誉は辞表を提出することを決めていました。
帰宅するとサインとハンコを済ませた離婚届をケイに手渡し、お金のことは何とかすると約束します。
誉が会社を辞めて妻子と別れたのが27歳、ゴッホが画家としての人生をスタートさせたのも27の時です。
【転】びこうず のあらすじ③
芸術大学の美術学部へと進学した岩治とは、課題で忙しいために自然と疎遠になっていました。
目標を持って自分のやりたいことに貫き通している岩治、無難な道を選んでこれといって取り上げる話題のない誉。
面と向かって友に会うと、引け目や嫉妬を感じてしまうのではないかと恐れていたのも本音です。
ようやく対等に向き合える自信が湧いてきた誉は、久しぶりに彼の住んでいるマンションを訪ねます。
留学先のフランスからタヒチ島に渡ったこと、海で泳いだり浜辺でスケッチをしていたこと、現地の核反対運動に加担していたこと。
相変わらず根なし草のような暮らしを送っている岩治からアドバイスをもらって、都下にアトリエを借りて絵の具やキャンパスを手に入れます。
近所のビニールハウスで季節外れのひまわりを栽培しているのが丹下、広島県の生まれで8月6日にも市内にいたそうです。
丹下から種を分けてもらいひたすら筆を走らせますが、「ひまわり」のクオリティーには到底及ばないままでゴッホの享年である37歳を迎えてしまいました。
【結】びこうず のあらすじ④
日本国内で54機の原子力発電所が稼働している2009年、誉は1機につに1枚の「ひまわり」を描くことを決意しました。
東経135度を中心軸として定めてそれぞれの原発の緯度と経度を計算し、キャンパスの花の向きを合わせていきます。
人が変わったかのように筆がペースアップした誉、2010年末には36点の「ひまわり」と順調です。
これまでに経験したことのない大きな揺れに襲われたのは2011年3月11日、ニュース速報では未曽有の被害がもたらされた福島第一原発の映像が。
地獄の業火に焼かれるような苦しみを感じた誉は、ただテレビの前で見ているだけではいられません。
避難所や仮設住宅を巡っていると、土を耕してひまわりの種を植えているボランティア団体と遭遇します。
ひまわりには成長していく過程で放射能を吸収して、土を浄化する特殊な能力があるそうです。
絵を描くことが希望の種をまくことへつながると確信した誉は、深々と頭を下げると最後の1枚を完成させるために東京へと戻るのでした。
びこうず を読んだ読書感想
たまたま名前が似ているだけで、自らの生きざまをあの天才画家に準えてしまう。
良く言えばエネルギッシュで、悪く言えば誇大妄想の気があるのでしょう。
そんな後藤誉にとっての唯一無二の理解者が、「ゴーギャン」を連想させるような剛岩治だというのも遊び心がありますね。
ゴッホとゴーギャンをペアにすると不吉な予感が漂ってきますが、年齢を重ねても変わることのない誉と岩治の友情がほほえましいです。
広島に投下された原子力爆弾、南国の楽園タヒチで決行される地下核実験、そして福島のメルトダウン… 人類が繰り返してきた愚行に暗たんとした気分になりつつも、強く最後まで自分の意思を貫く誉に希望が伝わってきました。
コメント