著者:松下隆一 2021年3月にPHP研究所から出版
春を待つの主要登場人物
光永(みつなが)
主人公。開店休業中のペンション経営者。泣きごとが嫌いで死後の世界を信じない。
佐藤佳苗(さとうかなえ)
光永の元妻。映画やスポーツが好きだったが現在では1日の大半を家の中ですごす。
啓太(けいた)
光永の息子で故人。無邪気だが多忙な両親を気づかう一面もあった。
菅原健介(すがわらけんすけ)
小学6年生だが学校を休みがち。理不尽な暴力にも心をねじ曲げない。
藤崎彩(ふじさきあや)
健介の空手仲間。ほっそりと長い手足に胴着が似合う。
春を待つ の簡単なあらすじ
9年前に交通事故で亡くなった啓太の遺骨を持って、光永は離婚した妻・佳苗のもとへと向かいます。
道中で知り合ったのは菅原健介、義理の父親から虐待を受け続けていて帰る場所がありません。
つかの間だけ家族としてひとつ屋根の下で暮らした3人、健介は行政の保護施設へ光永と佳苗はもう1度夫婦としてお互いに向き合っていくのでした。
春を待つ の起承転結
【起】春を待つ のあらすじ①
漁師の父親と行商人の母親のあいだに生まれた光永は、大学時代に同じ学部だった佐藤佳苗と結婚しました。
ペンションのオーナーになるために新潟県の新津へ移住し、長男の啓太を授かりますが4歳になった12月のある日にトラックの前に飛び出してしまいます。
早く納骨を済ませて忘れてしまいたい光永、我が子の死を受け止められない佳苗。
3年足らずで夫婦関係は破綻して佳苗は故郷の福島県に帰り、2階建て6部屋の客室はパンデミックの影響で1割以下しか埋まっていません。
間もなく啓太の死から9年、そろそろ区切りを付ける頃合いでしょう。
遺骨をキャリーバッグで運んで佳苗の実家のお墓に納めて、別の商売でも始めるつもりです。
やせ細って倒れそうになっている少年を見つけたのは、会津若松駅のホームに立った時。
名前は菅原健介で11歳、駅舎の食堂で天ぷらそばを食べさせると歩けるようになりました。
家に帰りたくないという健介をタクシーに乗せて、向かう先は佳苗の家。
自動車共済組合から多額の賠償金が支払われたために、毎日のようにお酒を飲んでは寝ています。
【承】春を待つ のあらすじ②
光永、健介、佳苗と「川」の字に並んで寝ているうちに、ポツリポツリと身の上話をします。
母親が3年前に病死したこと、彼女の交際相手だった男性とふたりで暮らしていること、パチンコや競馬に夢中で負けた時は殴りかかってくること。
お菓子で飢えをしのいでいたという健介のために、佳苗が張り切って用意したのは温かいみそ汁とフワフワの卵焼きです。
午前には理髪店に連れていって伸び放題だった頭をきれいなヘアースタイルに、午後からはデパートで真新しい衣類を買ってきてボロボロの服と着せ替え。
見違えるようにきれいになった健介は、駅の向こうにある空手道場に興味津々です。
体験入門でもリモート参加でも構わないという熱意に負けて、光永が父親の名義で申し込みました。
生徒の保護者たちも健介に疑いの目を向ける人はいないのは、佳苗がこの6年のあいだ地域住民と没交渉だったからでしょう。
稽古の最中に仲良くなったのは藤崎彩、年齢は健介のひとつ上で母親はバツイチ、昼間はスーパーに出勤して夜は水商売と働き詰め。
彩の母に感化されたのか佳苗は年末年始の郵便整理の短期アルバイトを探してきて、アルコールもいっさい口にしません。
【転】春を待つ のあらすじ③
啓太とは1度もキャッチボールをすることができなかったのが心残りな光永は、健介のスパーリングの相手をしていました。
最初のうちこそらくに避けられるほどのスピードで当たっても痛くない程度でしたが、稽古を積んでいるうちに力強さが増してきます。
ついには太ももに蹴りとみぞおちに正拳を浴びてしまい、しばらくの間は体がしびれて動けません。
佳苗の方は郵便局でのパートが年が明けてからも順調に続いていたために、洗濯や食事は光永の役目です。
日中にひとりで家事をこなしていると、インターホンを鳴らしていたのは60歳前後かと思われる女性。
この地区を担当している民生委員だそうで、光永と健介の関係を根掘り葉掘り聞いてきました。
疑われているのは明らかで警察に、通報されれば誘拐の罪で逮捕されてしまうでしょう。
合宿や練習試合を通じて交流を深めていた彩も、母親の再婚のために大阪に引っ越してしまい健介も寂しそうです。
仙台市内の古いアパートに住んでいるという、義理の父親のもとに送り届けることにします。
【結】春を待つ のあらすじ④
仙台駅から車で30分ほど走った住宅街に向かう途中で、市役所の庁舎を見つけたために立ち寄ってみました。
「子供未来局」という部署で相談してみると、これ以上あの義父のもとに置いておくのは危険とのこと。
児童相談所の職員から紹介された養護施設に入所することになり、週末にはボランティアの学生からは空手を教えてもらうそうです。
別れ際に健介から「お父さん」と呼び掛けられた光永は、ハンドルに顔を埋めたまま涙が止まりません。
ようやく気持ちが落ち着いてきた光永はエンジンをかけ、福島まで一気に引き返します。
お彼岸に納骨に行こうと言い出したのは佳苗の方で、読経と焼香を引き受けてくれたのは佐藤家が代々お世話になってきたお寺の住職です。
ひとまずは新潟に帰って宿の廃業手続きをしてくると光永、もう少しだけ啓介とここにいたいと佳苗。
境内に射し込む春の光を浴びて驚くほど体が軽くなったことを実感した光永は、近いうちに佳苗を連れて健介に会いに行くことを決心するのでした。
春を待つ を読んだ読書感想
予期せぬアクシデントによって幼い子どもを奪われた夫婦が、傷つけ合っていくオープニングには胸が痛みます。
リゾート地のペンションで心機一転かと思いきや、コロナ禍による客足の伸び悩みなど時代の流れが反映されているのがほろ苦いです。
9年目の決着をつけるべく踏み出した途端に、予想外の珍客が転がり込んでくる展開には驚かされました。
亡き啓介の面影を重ねるかのように女親としての愛情を注ぐ佳苗、血のつながりのない健介に男親としての強さをたたき込む光永。
偽物の親子が肉親をこえる絆で結ばれていく様子と、終盤で健介が光永のことを「父」と認めるシーンには涙してしまうでしょう。
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