著者:砂川文次 2022年1月に講談社から出版
ブラックボックスの主要登場人物
佐久間亮介(さくまりょうすけ)
28歳。自転車便の配送員。
滝本(たきもと)
自転車便の営業所の所長。
近藤(こんどう)
ベテランの自転車便の配送員。プロ崩れ。佐久間の先輩。
横田(よこた)
24歳。自転車便の配送員。佐久間の後輩。
円佳(まどか)
佐久間の同棲相手。
ブラックボックス の簡単なあらすじ
佐久間亮介は高校の頃からキレやすく、どの仕事も長つづきしませんでした。
ただ、自転車便の仕事は、気楽にできるところが気に入って、二十八歳までやってきました。
しかし、将来のことを考えなければいけない時期にきている上、同棲している円佳が妊娠したのです。
それを機に、佐久間の人生は転落の度合いを強めていきます……。
ブラックボックス の起承転結
【起】ブラックボックス のあらすじ①
佐久間亮介は自転車便の配送員(メッセンジャー)をしています。
それは十月の雨の日のことでした。
佐久間は、前方の交差点を、信号が赤になる前に突っ切ろうと、速度を上げます。
ところが後方から来たベンツが速度を上げ、佐久間を抜きざまに、交差点を左折していきました。
佐久間は急ブレーキをかけましたが、自転車を転倒させてしまいます。
幸い、ベンツとの衝突はまぬがれましたが、自転車は壊れてしまいました。
配送を続けることができません。
営業所に電話すると、間もなく近藤というベテランの配送員が来てくれました。
配送する荷物を彼に渡すと、佐久間は自転車を修理するために、歩いて営業所へ向かいます。
とてもみじめな気持ちです。
大学へ行かず、自衛隊は一任期でやめ、不動産会社の営業も長く続けられませんでした。
結局、自転車便の配送員として、今日までやってきたのです。
営業所にもどった佐久間は、自転車を修理しました。
所長から、正社員の誘いを受けましたが、断りました。
そうして、再び配送を行うために、指定された港区へ向かい、公園に着いたところで、営業所に到着の連絡を入れたのでした。
【承】ブラックボックス のあらすじ②
公園で雨をしのげる場所は、すべて自転車便の配送員たちが待機に使っていました。
佐久間は昼食を買いにコンビニに行きます。
手早く食べられるものを買い、外の窓際でかろうじて雨を避けながら食べます。
この仕事は食べなければ死にます。
自転車便の仕事を始めたばかりのころ、ろくに食べずに走っていたら、身体から糖がなくなって失神したこともあったのです。
配送の指示が入りました。
佐久間は仕事を再開します。
十八時ごろまで仕事をして、面倒ですが、伝票を処理するために営業所にもどりました。
自販機で飲み物を買って、飲みながら外を見ます。
街の建物のなかは、彼にはうかがい知れないブラックボックスです。
仲間たちとおしゃべりします。
ベテランの近藤は、今度ショップを立ち上げるため、退職するようです。
後輩の横田も、いつまでもこんなことはできないし、ちゃんとしなければ、と思っています。
彼らの内側も、やはり見えないブラックボックスなのでした。
帰宅した佐久間は、同棲している円佳のがさつさに苛立ちながら、結局はセックスするのでした。
【転】ブラックボックス のあらすじ③
円佳が妊娠しました。
今後のことを考え、彼女は保育士の資格を取ろうと思います。
佐久間は面倒くさい書類を我慢して書きあげ、ハローワークの長い列に並びました。
そのあげく、職員から、望むような条件の仕事はない、と言われたのでした。
佐久間は、一度断った正社員の誘いを、所長の滝本に尋ねます。
それはすでに後輩の横田に取られていました。
滝本と横田が、退職してショップを開いた近藤のことを揶揄します。
佐久間は、そういう陰口のいやらしさに我慢できずに文句を言います。
すると、その後、露骨にシフトを減らされてしまいました。
やむなく、食べ物のデリバリーを並行して引き受けるようにします。
そんなある日、税務署から、税の督促に、ふたりの男が訪ねてきました。
かろうじて貯めた貯金の額を、税金として支払わなければいけないようです。
若いほうの男が、円佳のことを笑ったように見えました。
佐久間はカッとなり、年配のほうを殴り、若いのを追いかけました。
駆けつけた警官に取り押さえられながらも、怪我をおわせ、とうとう刑務所へ行く羽目になりました。
もうおしまいだ、そこがゴールだ、と思った刑務所は、ゴールなどではなく、そこにも人間関係が続く同じ場所なのでした。
刑務所に入っても、同房の者たちの言動にイラつき、ときおりキレそうになる自分を感じるのでした。
【結】ブラックボックス のあらすじ④
佐久間と同じ房に、伊地知というトラブルメーカーがいました。
伊地知は、もうすぐ仮釈放になりそうな向井に、ネチネチとからみます。
その態度にキレた佐久間は、彼と喧嘩して、独居房に入れられました。
他人と会話できない境遇となり、佐久間は昔のことを思いだします。
高校のとき、自分をいじめたヨシタケにキレて、喧嘩したことや、コンビニでバイトしていたとき、同じ店でバイトしていた円佳にからんだ客に、怒鳴りつけたこと、などです。
五十日たち、普通の房にもどされた佐久間は、向井を助けた正義の味方のような接しかたをされました。
そのことにもキレそうになりますが、なんとか抑えます。
そのうちに、特別な扱いはおさまっていきました。
ある日佐久間は、木工作業場で、台車のキャスターを修理したのがきっかけで、工具を使って木材を加工する職場にまわされました。
覚えることが山のようにあって、よけいなことを考えている暇がありません。
円佳から手紙をもらっていましたが、結局返事を書きませんでした。
毎日の積み重ねが、刑期終了というゴールへ向かっています。
その安心感と、道が決められている不愉快感を、同時に感じます。
それでも、明日は今日と少しだけ違い、その違いを予期することはできないことに気づいて、温かな気持ちになるのでした。
ブラックボックス を読んだ読書感想
第166回芥川賞受賞作です。
一読して感じたのは「もどかしさ」でした。
主人公はきわめてキレやすい性格です。
激高が内側にパッと生じて、低い堰をこえると、もう口か手が出ています。
これ、とても他人事とは思えませんでした。
自分にも身に覚えがある感情なのです。
主人公はそのキレやすさのために、どんどん堕ちていくのですが、私が感じたもどかしさというのは、「もうちょっとなんとかならないのかな」という感情です。
人と接すると、ついムカついてキレるというのなら、人と接しない仕事、たとえば炭焼きとか農作業をやればいいんじゃないか、といったことを考えたのです。
それは主人公に共感し、ゆさぶられた、ということだと思います。
もちろん、完全にこの主人公のことが理解できたわけではありませんが、「もどかしい」と感じた、それだけでも、この作品を読んだ甲斐はあったと思います。
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