著者:川上弘美 2020年9月に中央公論新社から出版
三度目の恋の主要登場人物
<梨子>(りこ)
本作の主人公。内向的な性格で、豊かな内面世界を持ち、不思議な夢を見るようになる。<生矢>(なるや)
梨子の初恋の相手で、のちに夫となる。<高丘>(たかおか)
梨子が通っていた小学校の用務員。梨子と再会し、魔法を教える。<通子先生>(みちこせんせい)
梨子の琴の先生。生矢に恋をする。
三度目の恋 の簡単なあらすじ
梨子は恋した生矢と結婚しますが、様々な女性を惹きつけてやまない生矢の女性関係に悩みます。
そんな時に小学校時代に出会った年上の高丘さんと再会し、「魔法」を使えるようになります。
それは夢の中で他人の人生を生きることができる力でした。
梨子は江戸時代のおいらん、平安時代の女房として高丘さんに二度目の恋をします。
夢が終わり、現代の高丘さんと別れてから、梨子は三度目の恋に期待しながら物語は終わります。
三度目の恋 の起承転結
【起】三度目の恋 のあらすじ①
梨子は物心ついた時から生矢、ナーちゃんに燃えるような恋をしていました。
物静かな梨子は小学校に馴染めず、静かな場所を求めて用務員室に行き、そこで働く謎めいた高丘さんと知り合い、唯一の友達となります。
高校生になった梨子は、当時九州の女性と付き合っていたナーちゃんと吸い寄せられるように結ばれ、卒業後結婚します。
しかし結婚してもナーちゃんは九州の女性と別れておらず、他にも梨子の琴の先生の通子さんと密会するなど、女性関係が落ち着きません。
女性を惹きつけるナーちゃんを半ば受け入れていたのですが、ついには会社関係の女性とナーちゃんは本気の恋をしてしまい、梨子は深く傷付きます。
ナーちゃんのために生きていた梨子は、生きる気力を失ってしまったのです。
そんな時に、34歳になっていた梨子は自転車で各地を旅していた高丘さんと偶然に再会し、高丘さんが使えるという魔法の話を聞きます。
ナーちゃんを深く恋する梨子にも、その魔法は使えると高丘さんは言います。
それから梨子は不思議な夢を見るようになります。
【承】三度目の恋 のあらすじ②
梨子は自分が江戸時代の貧しい農村の娘になっている夢を見ます。
夢の中で、梨子はその人生を生きることになります。
10歳になると、娘は江戸の吉原に売られ、禿となり、吉原生まれのおみのちゃんと協力しながら下働きをします。
仄暗い廓の中で、梨子は現代と違う恋やセックスのあり方を知っていきます。
数年が経ってついに娘はおいらん春月となり、客を取るようになるのです。
現実世界では時々高丘さんに会って、魔法の夢の話をします。
高丘さんはおもしろがって、梨子の夢に遊びに行こうかと言います。
そんな折、春月のもとに高田というお侍がやってきます。
初めて会った時から、春月である梨子は高田の中に高丘さんの面影を見つけます。
春月は高田に強く惹かれ、おいらんであるにも関わらず本気で恋をしてしまい、高田も応え、ふたりは恋仲になります。
春月の想いは募り、高田に自分を連れて逃げてくれるように頼むようになります。
おいらんが廓を脱走するのは廓では重い罪で、先日も恋人と駆け落ちしようとしたおいらんが捕まり、酷い罰を受けて命を落としました。
それでも、高田とならどうなってもいいとまで思い詰めているのでした。
とうとう嵐の夜に、春月と高田は駆け落ちをします。
春月と梨子は、廓で先輩のおいらんが読んでいた伊勢物語の駆け落ちの場面を思い出しながら、同じ運命を辿らないようにと必死で夜通し歩き続けます。
しかし伊勢物語と同様、春月を小屋で休ませて外を見張っていた高田は、夜が明けると春月が消えているのを見つけるのでした。
鬼に食われたわけではなく、おみのちゃんが脱走に気付き、廓から追手が来て春月を連れ帰ったのです。
その後ふたりは会うことなく、春月は他の人に身請けされ、その後2年ほどで亡くなりました。
春月の死後、梨子はその夢を見ることはなくなります。
現実では春月として得た経験の助けもあって、梨子はナーちゃんとの関係に折り合いをつけてゆきます。
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【転】三度目の恋 のあらすじ③
梨子は妊娠し、棟児と名付けた男の子の母となります。
赤ん坊の棟児の世話をする切れ切れの睡眠の中で、梨子は再び不思議な夢を見るようになります。
その夢の中で、梨子は平安時代の姫に仕える年若い女房なのでした。
そこで梨子は現代とも江戸時代とも違った、男女関係や女性の働き方などを体験することになります。
姫は成長して在原業平の正妻となります。
初めは業平をナーちゃんに似ていると思った梨子でしたが、それよりも高丘さんの面影を見るようになります。
姫は男の子を産みますが、その後業平は五条の姫の元に通うようになり、姫は悲しい日々を送ることになります。
梨子は夢の中で、これが伊勢物語の駆け落ちの話の相手となる姫であることを察します。
そんな中、業平の叔父である真如という出家した僧が屋敷を訪れます。
梨子は真如が高丘さんであることを確信し、胸を高鳴らせるのでした。
梨子と真如は触れ合うことなく、真如は天竺への旅に出て帰らぬ人となります。
梨子は夢の中でナーちゃんが恋した女性になったり、五条の姫になって業平に愛されたりするようになります。
そうしてとうとう業平は梨子の意識を持った五条の姫を攫って逃げ、それは物語の通り失敗に終わります。
【結】三度目の恋 のあらすじ④
梨子は真如であった高丘さんに電話をかけて、天竺に行くまでの旅の話を聞きます。
旅の話をしたのちに高丘さんは、梨子に少し恋していると打ち明けます。
そして梨子もまた高丘さんに少しだけ恋をしていることを自覚します。
二人はもう昔の世界に戻ることはないことを予感しつつ電話を切ります。
現実の世界で梨子は仕事を始めます。
育児に飽きたのかと母親に反対されますが、通子先生が説得してくれ、棟児を母に預けて出身大学の教授の秘書になることができました。
通子先生は、梨子の依って立つところがすかすかで、その地面の下にいろいろなものが透けて見えてしまうということを母に話してくれたのです。
梨子は自分が垣間見てきた昔の世界や、今のナーちゃんのさまざまを思います。
秘書として働くうちに、高丘さんに会いたい気持ちが募ります。
旅に出ていた高丘さんからも会いたいと連絡があり、二人は東京のマンションの一室で落ち合い、高丘さんの作った食事を食べ、くちづけを交わしたのでした。
二人は互いを「愛(かな)しんで」いるのだねと話し合い、もう二度と会わないことを知りながら別れます。
そして日々は続き、梨子はナーちゃんへの一度目の恋、高丘さんへの二度目の恋が終わったことを語り、三度目の恋を夢見ながら生きていくのでした。
三度目の恋 を読んだ読書感想
本作は伊勢物語をモチーフに書かれた、幻想的な恋愛小説です。
梨子のナーちゃんに対する一途な想いの移り変わりと、高丘さんに対する恋なのかも定かではないがとても深い思い入れが細やかに描かれています。
またそれは江戸時代の恋、平安時代の恋と照らし合わされ、相対化されて、梨子は恋や結婚、人生などについて理解を深めていきます。
江戸時代や平安時代を行き来する様はおもしろく、物語に引き込まれます。
魔法の夢は何だったのか、ナーちゃんと高丘さんは梨子にとって何だったのか、三度目の恋とはどんなものになるのか、はっきりとはわからず浮遊感を持ったまま物語は終わります。
燃えるような恋を一気呵成に描いた作品ではなく、現代の恋と愛についてじっくりと考えさせるような、味わい深い作品です。
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