著者:阿津川辰海 2021年2月に講談社から出版
蒼海館の殺人の主要登場人物
葛城輝義(かつらぎてるよし)
本作の主人公で名探偵。M山の事件以降引きこもりに。他人の嘘を見破ることに長けている。
葛城健治朗(かつらぎけんじろう)
輝義の父、政治家
葛城正(かつらぎただし)
輝義の兄、警察官
田所信哉(たどころしんや)
輝義の助手
三谷緑朗(みたにろくろう)
田所の友達、図書委員
蒼海館の殺人 の簡単なあらすじ
不登校となった葛城輝義に会うために、田所と三谷は彼の実家、蒼海館に訪れました。
しかし待っていたのは、輝義の拒絶と未曾有の大洪水、そしておぞましい連続殺人事件でした。
輝義は探偵として存在意義に悩み苦しみながらも、洪水迫る混乱の中、行方不明となった近所の子供の両親を推理で発見、救出し、探偵としての使命を認識し、元凶である犯人の鬼畜たる犯罪を暴くのです。
蒼海館の殺人 の起承転結
【起】蒼海館の殺人 のあらすじ①
大型台風が迫る週末、M山の事件以降引きこもってしまった葛城輝義に会うために、田所と三谷は彼の実家であるY村の蒼海館に訪れました。
三階建ての豪華な宮殿です。
政治家の父健治朗、大学教授の母璃々江(りりえ)、トップモデルの姉ミチル、警察官の兄正、輝義の叔母の堂坂由美(どうざかゆみ)その夫弁護士の広臣(ひろおみ)、その息子である夏雄(なつお)、そして認知症を患う祖母ノブ子、その他にミチルの元カレの坂口、夏雄の家庭教師黒田(くろだ)が約二ヶ月前に亡くなった輝義の祖父惣太郎(そうたろう)の精進落としのため集まっていました。
各界の名士集まる家族ですが輝義はかつて田所に「僕の家族は嘘つきの家族」と話していました。
その中で輝義の探偵の師でもある兄、正の案内で彼に会うも、探偵として存在意義に悩み、苦しみ続ける輝義に冷たく拒絶されてしまいます。
田所は輝義の態度に打ちひしがれるのでした。
そして食堂に一族全員が集まり精進落としという名の食会事が始まるも、出来すぎたホームドラマのようなぎこちなさを田所は感じていました。
そのホームドラマに突然亀裂が入ります。
認知症のノブ子が黒田に対して惣太郎だと思い、女遊びに関するグチをいい、故惣太郎の浮気疑惑が浮上します。
さらに夏雄が唐突に「おじいちゃんは殺されたんでしょ?おじいちゃんの注射に何か入れているところ見たもん」と発言しました。
もはや食事どころではありません。
あげく坂口がここに来る前、東京で突然襲われ自身の持つデータを奪われそうになったことを告白し、以前惣太郎殺害における決定的な場面をカメラに収めたと断言しました。
そのカオスの中三谷が、凶器が注射器なら主治医を疑うべきと主張するとドアが開き、葛城家の主治医丹葉梓月(たんばしづき)が現れました。
田所は驚愕します。
丹葉梓月は自身の実の兄だったからです。
【承】蒼海館の殺人 のあらすじ②
輝義は、家族のいざこざに関して何も言いませんでした。
やがて食事が終わると田所と三谷は、大雨の影響で葛城家にとどまることになりました。
田所は他人の心を顧みない兄梓月との再会に動揺し翻弄されます。
部屋が足りないので、坂口だけが故惣太郎が使っていた離れで過ごすことになりました。
輝義の今までにないそっけない態度に田所は悩みます。
どうしたら名探偵葛城輝義は戻るのか、そんな時、離れに泊まる坂口が惣太郎の離れを見にこないかと田所の部屋に訪れます。
田所は三谷と共に離れに行きます。
坂口は例の疑惑の写真を二人に見せました。
それは惣太郎注射のアンプルや薬などが保管してある戸棚の前に男が立ちアンプルに細工していると思われる写真でした。
しかし状況的に夏雄が目撃できる場所はありません。
ですが両者の話は一致しています。
離れを出た後輝義に相談するも話もロクに聞いてもらえませんでした。
その後偶然合流した正と輝義の過去やM山の事件、学校の事を話します。
正は必ず夜は明けると言い、輝義のことを田所に託すのでした。
夕食後益々雨は強くなり黒田は近くの川の状態を確認しに車を出します。
その日の夜スマートフォンから洪水警報が鳴り響きました。
黒田、坂口、正の安否確認が出来ません。
車で出た黒田は帰っていないようでした。
田所は坂口の様子を見に離れへ行くと、散弾銃で撃たれ、頭の上半分が吹き飛んだ男性の死体がありました。
死体は坂口と部屋を交換した正でした。
その後の健治朗の検討で、離れに行ったこと、凶器入手状況からなんと田所と三谷が疑われますが、梓月指摘で回避します。
すると今度は、坂口の東京での襲撃は狂言だとして彼を追い詰めます。
怒り狂った坂口は屋敷を飛び出し、追ってきた田所に犯人は惣太郎の孫だと言い残し、車に乗り込むと車が大爆発、坂口の命を炎が飲みました。
【転】蒼海館の殺人 のあらすじ③
燃え盛る炎から逃れると、階段の前に輝義が立っていました。
田所は今までの出来事を話すと、健治朗が田所たちを疑ったことに憤慨します。
状況は悪化し、川の氾濫でここに至るまでの道路が土砂崩れ寸断され警察が来られないことになりました。
ノブ子の精神状態も悪く、輝義は祖母の元へ向かいます。
さらに館に水害から逃げて来た避難者三人が現れます。
健治朗は避難者を受け入れますが璃々江とミチルは最近館で起きている盗難事件を挙げ反対しました。
あげくSNSで黒田のものと思われる車が川に流されている映像がアップされ、重苦しい空気が垂れこめます。
ですが輝義は田所の手を激しく振り払い、謎に立ち向かおうとしませんでした。
ですが今はこの危機を乗り越えることが先決です。
それぞれ役割分担をして災害に備えることにしました。
そんな中梓月が輝義を半強制的に兄の死体のある現場に連れていきます。
輝義は死体の足元、特に靴を注視します。
その靴は輝義が正へバースデイプレゼントをしたものでした。
捜査が一通り終わると梓月は輝義に対して葛城家は誰かを庇っていると追及しました。
輝義は家族と共に祖母を守るため証拠を隠滅したことを告発しました。
応接間に戻ると避難者は増えていました。
健治朗は取り残された住人を救うため車を走らせます。
最初の家で少年が一人で残されていました。
輝義は中の様子を見て両親は行方不明で連絡を取れない状況にあると推理します。
そして床のない倉庫の中で人工的な洞穴を発見し、少年の両親を盗難の為に掘った穴より救出するのでした。
穴は離れに続いているようです。
輝義は真実を暴き命を救ったことで兄正が教えてくれたこと思い出し、名探偵という名のヒーローとして逃げずに犯人によって組み立てられた犯罪に立ち向かう事を決意します。
しかし田所は輝義の前から消えねばなりませんでした。
何故なら自分が正殺しを引き起こした張本人だからです。
【結】蒼海館の殺人 のあらすじ④
坂口の東京での襲撃はミチルの仕業だと見抜いていた田所はミチルがデータを盗みやすくするために離れに細工をしていました。
謎を作り出し、輝義を取り戻すためです。
それが原因でミチルが侵入し、正を間違えて殺してしまったと思い苦しんでいました。
しかし呼び出して話を聞くとミチルは無実でした。
彼女は祖父ノブ子が離れに行ったことを目撃し犯人だと思い込み、璃々江は田所と同じく坂口を襲ったのはミチルだと思い、お互いが家族を庇って嘘と勘違いによる悪循環な状況を生み出していました。
輝義はノブ子当時の状況の矛盾を指摘し無実を証明するのでした。
次に由美とノブ子の二人が呼ばれ、由美の過去の失敗によるトラウマでノブ子が利用され証拠品が持ち出されたと証明しました。
その証拠品はシリンジであり、梓月が不正輸入したものでした。
梓月は用意したシリンジが一本足りなかったことを告白しました。
さらに離れの穴から見ていた夏雄の証言で黒田が写真の男と判明しました。
そして健治朗の証言により、黒田が惣太郎の孫であり、坂口との同士討ち殺人だったことが判明しました。
坂口が黒田を川の視察に行く前に突き落として車を流し黒田は事前に脅迫の証拠を全て消滅させようと爆弾を仕掛けたのでした。
次々と謎が解かれていきます。
その時、浸水が二階にまで迫ります。
避難した三階で輝義は祖父を殺したのは正であったこと、写真の男は黒田に変装した正であったこと、それに気づいた由美が正を殺したこと、正は家族全員の思考を操り駒にすることで罪を逃れようとしていたことを証明しました。
そして注視していた靴の状況から死後死体に触れた人物がいると証明し、由美が撃ったのは正に裏切られた黒田であり、田所を操り部屋を細工させたことも証明しました。
輝義は最初の避難者として紛れ込んだ探偵の師であり敬愛する葛城正の犯罪を白日の下に晒したのです。
彼は全ての真実と共に、兄を二度失いました。
蒼海館の殺人 を読んだ読書感想
阿津川辰海著の館シリーズ第二弾です。
第一弾に続いて葛城輝義の推理が光る作品ですが、彼は前作で探偵としての存在意義について深い疑念を持ってしまいます。
さらに今回家族のためとはいえ証拠隠滅という人として、ましては探偵として決してしてはならない罪を犯します。
そのことが彼を一層苦しめます。
しかしそれを救ったのは皮肉にも探偵としての本物の謎解きでした。
悩み苦しみながらも探偵として復活し、まさに快刀乱麻のごとく犯人を暴きます。
真実と命、どちらを選ぶかは難しく答えは永久に出ないのかもしれません。
しかし彼は答えを出し前進しました。
自分の進むべき道を自覚し復活したのです。
この作品は謎解きと共に、挫折を乗り越え自分の道を行くことの大切さと深さを知ることの出来る作品です。
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