著者:渡辺やよい 2010年8月に早川書房から出版
忘れない忘れないの主要登場人物
萩原未来(はぎわらみき)
主人公。地元の公立校に進学予定の小学6年生。責任感があり家事を小まめに手伝う。
萩原琴音(はぎわらことね)
未来の母。支援施設でパンの製造や接客を頑張る。12歳のままで記憶が止まっている。
萩原涼(はぎわらりょう)
未来の父。おじかの経営する印刷会社に勤務。良き夫・父を心掛けつつ罪悪感を隠す。
貝野(かいの)
未来のクラスメイト。親がお受験に熱心なためにストレスがたまっている。
城田みどり(しろたみどり)
未来の担任。低学年ばかりを受け持ってきたために6年生の扱いに慣れていない。
忘れない忘れない の簡単なあらすじ
萩原未来の母親・琴音は幼少期にひき逃げに遭い後遺症か残りましたが、地域のサポートを受けながらパート勤務をしています。
未来が小学6年生になった時に父親の涼が失踪してしまい、行方を追っているうちにたどり着いたのが過去の事故の真相です。
あのひき逃げ犯の正体が夫だと気がついた琴音でしたが、すべてを受け入れて家族3人で生きることを決意するのでした。
忘れない忘れない の起承転結
【起】忘れない忘れない のあらすじ①
学校が終わって真っすぐに家に帰ってきた萩原未来ですが、母親の琴音の姿が見当たりません。
表通りの商店街の先にあるベーカリー「びわの木」は、さまざまなハンデや疾患を持つ人たちの就労支援をしていました。
未来の父・涼はもともとはお客さんとしてこの店に通っていて、琴音にひとめぼれをして結婚したそうです。
施設長の石坂によると定時の午後3時に上がったそうで、心配になった未来は自転車に乗って町内を探し回ります。
琴音が交通事故に巻き込まれたのは12歳の時にピアノ教室に行く途中で、犯人はいまだに捕まっていません。
頭部を強く打った琴音は事故現場の近くにあった神社の境内に放置されてしまい、犯人の顔よりも赤い鳥居の方が脳裏に焼き付いたのでしょう。
それ以来自宅から職場までの15分程度の道順も覚えられなくなった琴音は、迷うと目についた神社に駆け込むのがお決まりのパターンです。
予想通りに小さなお稲荷さんのほこらで母を発見した未来は、しっかりと手を引いて連れて帰ります。
【承】忘れない忘れない のあらすじ②
次の日の朝に未来が登校すると、1年生の時から同じクラスの貝野がしつこく絡んできますが相手にはしません。
教育に熱心なわりにはおしゃべりな母親に聞いたようで、貝野はびわの木についても詳しく知っていました。
「頭のヘンな人たちのパン屋さん」という暴言に我慢ならなかった未来は、思わず貝野を突き飛ばしてしまいます。
派手にひっくり返って泣きじゃくっている貝野を保健室に運び、職員室で未来の言い分を聞いてくれたのは城田みどり先生です。
未来のやったことは体にケガが残る力の暴力、貝野のやったことは心に憎しみが残る言葉の暴力。
この日を境にして苦手だった貝野とも少しずつ打ち解けるようになり、一緒にカードゲームをして遊ぶ仲になりました。
その貝野も1学期が終わると塾で集中講座を受けるようになり、お互いの家を行き来する機会も減っていきます。
特に受験の予定もない未来が夏休みを目一杯に楽しんでいたところ、ある日の日曜日から涼が家に帰ってきません。
【転】忘れない忘れない のあらすじ③
萩原印刷所を立ち上げたのは未来の曽祖父ですが、いま現在の実質的な経営者は涼の母親の兄に当たる敬です。
その敬に電話を掛けてみましたが涼の居場所には心当たりがないようで、しぶしぶながら調布市内にある病院を紹介されました。
ここに入院しているのが涼の母・早苗ですが、認知症が進行しているためにほとんど会話が成立しません。
自分で介護を受け持つから妻にも子どもに内緒にしてほしいと、敬は前々から口止めされています。
「調布 メンタルクリニック」は駅から歩いてすぐの距離でしたが、琴音ひとりでは無事に行って帰ってくるのは難しいでしょう。
未来に付き添われながらお見舞いにきた琴音の顔を見て何かを思い出した様子の早苗は、ぼそぼそといくつかの断片的な言葉を口にします。
中学生時代、オートバイ、無免許、小さな女の子、衝突、神社、逃走… あの事故から7年がたって刑事告訴の時効が成立した時に、涼がたったひとりだけ犯した罪を告白した相手が早苗です。
【結】忘れない忘れない のあらすじ④
クリニックの面会時間は1時間と決められていましたが、未来は長い夢からさめたように疲れ果てていました。
当の琴音はたいしてショックを受けた様子もなく、駅前で見つけたハンバーガーショップに入ってポテトやチキンナゲットを黙々と頬張っています。
琴音がいつも首からぶら下げているのは、表紙にキティちゃんがプリントされた赤いメモ帳「忘れんぼノート」です。
もみの木の店頭に並んでいるパンの名前や値段、冷蔵庫に入っている食材・調味料、未来の年齢と誕生日… これまでの人生の中で絶対に忘れてはいけないことを記録してきたノートですが、今日の出来事は「忘れた」そうで書き込むつもりもありません。
しばらく休暇を取っていたもみの木にも次の日からは元気よく出勤したために、未来も宿題をあっという間に片付けてしまいます。
小学生最後の夏が終わろうとしていた蒸し暑い朝、ゆっくりとドアが動いて玄関に入ってきたのは涼です。
ボサボサの髪の毛に無精ひげを生やした夫に、すべてを忘れた妻はニコニコしながら「おかえり」と声をかけるのでした。
忘れない忘れない を読んだ読書感想
ハンディキャップを抱えながらもマイペースに子育て・仕事を両立させる、萩原琴音の生き方に共感できました。
しっかり者の男の子・未来が母の手を握りしめて、夕暮れの家路を急ぐ後ろ姿には誰しもがホロリとさせられるでしょう。
そんな親子が時には心無い言葉を浴びせられるシーンも描かれていて、きれいごとだけでは終わりません。
愛妻家で子煩悩なパパかと思われていた涼の、もうひとつの顔が見えてくる中盤以降の急展開が衝撃的。
「何もかも忘れちゃうよりかはまし」という琴音のセリフ通りに、3人がたくさんの楽しい思い出に恵まれることを祈るばかりです。
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