著者:赤染晶子 2010年7月に新潮社から出版
乙女の密告の主要登場人物
みか子(みかこ)
ヒロイン。化粧にもファッションにも興味がない女子大生。実家は京町屋でホステスの母と暮らす。
バッハマン(ばっはまん)
みか子の指導教授。型破りな講義で有名。ドイツ式の自主性と日本式の努力を尊重する。
貴代(たかよ)
みか子の親友。欧米の文化に染まり自由で奔放。
麗子(れいこ)
みか子の先輩。全国のスピーチコンテストで上位に入賞している。孤高を貫き揺らぎがない。
百合子(ゆりこ)
麗子のライバル。就職浪人中で専門学校にも通っている。
乙女の密告 の簡単なあらすじ
「アンネの日記」をテーマにしたスピーチ・コンテストに向けて練習に励んでいるのは、大学2年生になったみか子です。
尊敬する先輩・麗子と審査員のバッハマン教授とのあいだに疑惑が持ち上がったために、ふたりの関係が潔白であることをみか子は証明します。
麗子はコンテストを辞退しますが、みか子はバッハマンのアドバイスを胸に演壇の前に立つのでした。
乙女の密告 の起承転結
【起】乙女の密告 のあらすじ①
2009年、京都の外国語大学に通っているみか子はひときわアンネ・フランクの熱心なファンで、バッハマン教授のドイツ語ゼミを取っていました。
来年の1月には「アンネの日記」をテキストにしたスピーチコンテストが開催される予定で、みか子たち2年生は暗唱の部に出場します。
優勝候補の筆頭は年齢が不詳で何回も4年生を繰り返している、「コンテスト荒らし」の異名を持つ弁論のエキスパート・麗子です。
キャビンアテンダントになるために留年している百合子は、麗子がいるために去年もコンテストで2位に甘んじていました。
スピーチ・ゼミに付いていくのがやっとなみか子を助けてくれるのは、ドイツからの帰国子女・貴代です。
生徒たちに対して「乙女」と呼び掛けるバッハマンは、自分のゼミをふたつのグループに分けました。
みか子が所属するのは「すみれ組」でリーダーは百合子、貴代がいる「黒ばら組」のリーダーは麗子。
当然のようにお互いに競争意識が芽生えていきますが、みか子は貴代と仲良くしていてひそかに麗子にも憧れています。
【承】乙女の密告 のあらすじ②
バッハマンと麗子との間に黒いうわさが流れ始めたのは、コンテストまで2カ月を切った11月のことです。
弁論の部に出場する上級生たちの多くが何度も書き直しを強いられているスピーチの原稿を、麗子だけが早々と仕上げていました。
さらにはバッハマンの研究室からは時々、誰かに話し掛けるような声が聞こえてきます。
特に対立するすみれ組の生徒たちは、スピーチの練習よりも麗子の陰口を広めることに熱心です。
ついには黒ばら組を追放されて貴代が新しいリーダーに起用されましたが、みか子は麗子を疑う気にはなれません。
つい最近まで麗子を慕って多くの後輩たちが集まっていましたが、今では彼女と一緒に自主トレをするのはみか子だけです。
午前7時に暖房も入っていない講義室でふたりっきりで練習していた時に、麗子は自分の気持ちを打ち明けます。
他人に良からぬうわさを立てられることも、コンテストで負けることも麗子は恐れていません。
麗子の本音を聞いてますます真相が分からなくなったみか子は、バッハマンに直接確かめにいきます。
【転】乙女の密告 のあらすじ③
昼休みに研究室のドアの前にみか子が立ってみると、確かにバッハマンがドイツ語で誰かと会話を交わす声が漏れています。
思いきって中に踏み込んでみると、部屋の中にはバッハマンが「アンゲリカ」と名付けて持ち歩いている西洋人形がいるだけです。
大学教授が人形に話しかけていたという真実を、生徒たちは決して信じることはないでしょう。
秘密を知られてしまったバッハマンですがみか子をとがめることもなく、個人的に暗唱の指導をしてくれました。
そんな最中にアンゲリカの「誘拐」事件が発生したために、バッハマンはショックで寝込んで休講が決まります。
犯人はバッハマンのことを愛していた麗子で、アンゲリカばかり見て自分に振り向いてくれなかったことが動機です。
すべてを演壇の目の前で告白した麗子はアンゲリカを抱いたまま教室を出ていき、その後は彼女の姿を目撃した者はいません。
大学が冬休みに入る頃には麗子がコンテストに出ないことが決定的になり、みか子もバッハマンのゼミをやめようかと考え始めます。
【結】乙女の密告 のあらすじ④
みか子が住んでいる京都市内の古い木造住宅と店舗が密集した地域に、年明けの早々に訪ねてきたのはバッハマンです。
ホステスの仕事から帰ってきてアルコールが抜けきっていないみか子の母親は、金髪に青い目の大男を不思議そうに眺めながらも快く迎え入れました。
バッハマンは数日前の2010年1月11日に100歳で亡くなった、ミープ・ヒースという女性についてみか子にレクチャーします。
フランク一家のオランダでの潜伏生活を支援した人物でもあり、生前のアンネと面識があった最後の人物です。
歴史の生き証人がいなくなった今だからこそ、残された者たちがアンネ・フランクの名前を忘れないためにも戦わなければなりません。
麗子から取り返したアンゲリカをしっかりと腕に抱くバッハマンを見たみか子は、今度は自分がアンネを取り返しにいくことを決意します。
コンテストの当日、客席の乙女たちの前に現れたみか子は、アンネが密告によって連れ去られる前に書き残した1944年4月9日の最後の部分を暗唱するために大きく息を吸うのでした。
乙女の密告 を読んだ読書感想
舞台となるのは京都の有名大学で女子学生の数が圧倒的に多いですが、授業中にメイクをしたりスマートフォンをいじったりすることもありません。
辞書を引きながら見知らぬ言葉の意味を拾い集めてていく姿は、語学の世界を旅しているようでもありました。
60年以上前に悲劇的な死を遂げたアンネ・フランクと、現代に生きる彼女たちのあいだに不思議な絆も芽生えていきます。
密告者におびえながら隠れ家で日記をつづるひとりの少女と、キャンパス内に渦巻く思惑がリンクしていくようでスリリングです。
高い知性と豊富な知識に恵まれながらも、人形が失くなった途端にオタオタしてしまうバッハマン先生こそが「乙女」なのかもしれません。
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