著者:額賀澪 2023年9月に文藝春秋から出版
青春をクビになっての主要登場人物
瀬川朝彦(せがわあさひこ)
35歳。大学の日本文学科の非常勤講師。古事記の研究をしている。
栗山侑介(くりやまゆうすけ)
35歳。瀬川の大学時代からの友人。
貫地谷(かんじや)
瀬川の母校、慶安大学の恩師。
小柳(こやなぎ)
瀬川・栗山の先輩。45歳。
大石(おおいし)
瀬川と同じ大学の非常勤講師。他大学で教授をつとめ、定年後に非常勤講師をしている。
青春をクビになって の簡単なあらすじ
瀬川朝彦は三十五歳のポストドクターで、古事記の研究をしています。
彼はこのほど、非常勤講師をしている大学から、半年後の雇止めを言い渡されました。
藁にもすがる思いで、出身大学の恩師を訪ねていくと、そこには十年先輩の小柳が住みついて、恩師を困らせていました。
しかも、その小柳が、大学図書館の貴重な文献を持って失踪する、という事件がおきました。
小柳の姿は、朝彦の十年後の姿のようです……。
青春をクビになって の起承転結
【起】青春をクビになって のあらすじ①
瀬川朝彦は三十五歳のポストドクターで、ある大学の日本文学科で非常勤講師をしています。
ところが、まだ三年目だというのに、突然、大学側から、来年三月での雇い止めを宣告されてしまいました。
非常勤講師をしている大学はもうひとつあるのですが、そちらは五年目なので、来年三月で契約打ち切りが決まっています。
この時期ではもう講師を募集している大学はありません。
したがって半年先には、朝彦は無職になるのです。
朝彦は、同期の友人である栗山侑介と飲みました。
栗山は二年前に研究職を離れ、いまは友人派遣会社を経営しています。
酒の席上、母校である慶安大学の研究室に小柳先輩が泊まり込んでいる、という話が栗山から出ました。
後日、朝彦は、母校の恩師の貫地谷先生を訪ねました。
講師募集の話がないか、相談するためです。
するとそこには栗山の話の通り、無断で研究室に入り浸る、小柳先輩の姿があったのです。
そして、その小柳先輩が、大学図書館から貴重な古事記の版本を持ち出して失踪したのは、それからまもなくのことでした。
小柳先輩は、広島行きの夜行バスに乗り込んだ様子です。
【承】青春をクビになって のあらすじ②
小柳が失踪してから、ひと月ほどたちました。
数日おきに栗山と顔を合わせていた朝彦は、その夜、ふたりで飲んだあと、栗山の家に泊まることになりました。
そこは朝彦のボロアパートとは格の違うマンションでした。
ただ、かつて栗山が持っていた研究の本は、ほとんどなくなっていました。
栗山は安定した生活とひきかえに、お金だけが価値を持つビジネスの世界に入ったことに、じくじたる思いがあるようでした。
朝彦は、来年三月の雇い止めに対処するため、栗山の経営する友人派遣会社に登録しました。
初めてのお客は、大学で英文学を研究する女性でした。
彼女は現在育休中ですが、来年四月から大学に復帰するために、なんとしても保育園に受けらなければなりません。
それで、認可外保育園に申込書を提出するため、徹夜で順番待ちする仕事を、朝彦に頼んだのです。
順番の列に並びながら彼女と話をしてみると、結婚時に旧姓を捨てたことで研究者として不利になったことなど、彼女には彼女なりの苦労があったことがわかったのでした。
さて一方、失踪した小柳は、広島でホームレスのようになっていました。
NPOが行う炊き出しに来ながら、自らもらいに行く勇気もないようです。
手伝いをしていた大学のボランティアサークルの女性が、傷つかないような物言いで、小柳にカレーを勧めると、彼は上品にいただいたのでした。
【転】青春をクビになって のあらすじ③
朝彦は、友人派遣会社で、さまざまな人から依頼を受けます。
例えば、一見華やかで幸せな新婦から、高校時代の友人代理で披露宴に出席するよう依頼されました。
新婦の高校時代、何か問題があったのかもしれません。
また、例えば、大晦日にいっしょに年越しそばを食べてほしいという美大予備校生につきあったこともあります。
夢に満ちた予備校生の姿は、十年前の自分を見るようでした。
そんなとき、小柳の借りていたトランクルームから、連絡がきました。
小柳が料金を滞納しているというのです。
なぜか、連絡先が朝彦になっているのでした。
トランクルームには、研究の本とともに、そこで寝泊まりしていた形跡がありました。
朝彦は思います、自分があの美大予備校生を見るような目で、四十五歳の小柳は、三十五歳の自分を見ていたのではないだろうか、と。
小柳の絶望を、朝彦は思うのでした。
年があけ、ライブを一緒に見てほしいという依頼がありました。
相手は、比賀という四十代の男性です。
小柳と同年輩の比賀は、就職氷河期に大学を出た人間です。
うまく就職できず、いまは居酒屋チェーンの契約社員です。
SNSでヘイトスピーチを投稿するのが趣味なのだそうです。
比賀は、夕べ、イザコザがあって、通行人を殴り倒していました。
ライブが終わったら警察に出頭するので、朝彦についてきてほしい、と言います。
ここにもひとり、人生の絶望を抱えている人がいるのでした。
【結】青春をクビになって のあらすじ④
比賀を警察署まで送っていった朝彦は、栗山のところへ行き、研究者をやめる決意をしたことを伝えます。
間の悪いことに、朝彦に雇い止めを宣告した大学から、次の非常勤講師の都合がつかなくなったので、やっぱり続けてほしい、という話がきました。
しかし、朝彦の決意は固く、その申し出を辞退したのでした、朝彦は、自分が持っている資料を、貫地谷先生の研究室にいる学生たちに分けてあげます。
大学院に進みたい、と言っている学生には、やがて諦める日が来ることを見越して、連絡先を交換しました。
五月になり、小柳の遺体が、比叡山で発見されました。
自殺で亡くなったのか、事故死なのかは、わかりません、小柳の家族葬には、貫地谷先生と、朝彦と、栗山だけが、出席を許されました。
発見されたのは遺体だけで、古事記は現場にありませんでした。
朝彦は比叡山に登りました、下山して、ある蕎麦屋に立ち寄ると、そこは偶然にも、小柳が山に登る前に立ち寄った店でした。
古事記はそこにありました。
当日、雨がふっていたので、小柳が預けていったのだそうです。
「あとから取りに来る者がいるから」と、小柳は言っていたそうです。
古事記を受け取った朝彦の元に、先日受けた就職面接の、合格の知らせが届きます。
夢を降りたものの、朝彦には、別の明日が待っているのでした。
青春をクビになって を読んだ読書感想
かなり心にズシリと響く小説です。
なにしろ、ひとりのポストドクターが、ついには自分の夢を断念する、というお話なのですから。
また、そうせざるをえない、この国の大学の問題、生まれた時代の問題なども、読者の前に突きつけられます。
エンタメ小説ではあるものの。
「人生」を考えさせられる作品です。
が、ふと気がつきました、これはなにもポストドクターだけのテーマではない、ということに。
歌手になりたい、漫画家になりたい、でも断念するしかなかった、という人も多いでしょう。
いや、そんな特殊な職業でなくても、会社員としてコレコレの会社に入りたくて頑張ったけれども、夢かなわず、断念するしかなかった、という場合もあるでしょう。
ほとんどの人が、何かしら夢を断念している、と言えるかもしれません。
そういうことを考えると、この作品は、極めて普遍的なテーマを抱えている、と言えそうです。
きっと多くの人の共感を呼ぶのではないでしょうか。
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