著者:山野辺太郎 2018年11月に河出書房新社から出版
いつか深い穴に落ちるまでの主要登場人物
鈴木一夫(すずきかずお)
穴を掘るためにつくられた建設会社の、広報係。
山本清晴(やまもときよはる)
運輸省の官僚。日本とブラジルを結ぶ穴を掘ることを思いつく。
ルイーザ(るいーざ)
ブラジル側の事務所の広報係。
大森慎二(おおもりしんじ)
ふたりめの広報係として採用された男。
石井良介(いしいりょうすけ)
建設会社に、広報係として採用内定をもらったが、その後、新聞社に採用され、建設会社の内定を辞退した。
いつか深い穴に落ちるまで の簡単なあらすじ
太平洋戦争が終わって間もないころ、運輸省の若手官僚が、日本とブラジルを直線で結ぶ穴を地中に掘ることを思いつきました。
彼のアイディアはやがて採用され、工事が始まりました。
大学を出たばかりの鈴木一夫は、建設会社の広報担当として、半生を、その穴の工事とともにすごすことになります……。
いつか深い穴に落ちるまで の起承転結
【起】いつか深い穴に落ちるまで のあらすじ①
太平洋戦争が終わって数年後、運輸省の若手官僚、山本清晴は、日本とブラジルを直線で結ぶ穴を掘ることを思いつきました。
やがて、彼がガンで亡くなったあと、事業として始められることになりました。
その事業を行うために、大手建設会社の子会社が作られました。
鈴木一夫は、大学を卒業後、その子会社に広報担当として入社しました。
穴は秘密裏に掘るのですが、それが世間に漏れたとき、マスコミを相手にするのが、鈴木の役目です。
山梨県で穴掘りが始まりましたが、温泉を掘り当ててしまいました。
そこの工事は終了し、温泉施設が作られました。
鈴木はとりあえず工事の様子や、穴を掘るにいたった経緯を、文書にまとめていきます。
山本の息子さんに話を聞きました。
山本は大戦中、大学の同期の島村とともに、人間魚雷の操縦者に選ばれていました。
島村は魚雷に乗って死亡し、ちょうど終戦を迎えた山本は助かりました。
山本は島村の家に出入りするようになり、島村の妹の菊枝と結婚しました。
山本は生前、娘には、戦争で亡くなった妹のお手玉についての話をし、息子には、島村との人間魚雷についての話をしたのでした。
【承】いつか深い穴に落ちるまで のあらすじ②
二本目の穴が掘られはじめました。
一本目の現場から、歩いて五分のところです。
鈴木は現場を訪れ、撮影してもかまわない場所の写真を撮ります。
夜、宿舎にもどってテレビをつけると、ロサンゼルスオリンピックの水泳を放送していました。
あわててチャンネルを変えます。
かつては、抜きんでたものを持つことで、人並みに認めてもらおうと、水泳をがんばった鈴木でした。
しかし、高校三年のとき、県大会のメドレーリレーで、足をつらせてしまい、仲間に迷惑をかけたのです。
それ以来、鈴木は、よって立つ場所を失ったのでした。
さて、穴掘りに関わって、それからさまざまのことがありました。
穴の秘密を知ろうとしたポーランド人のスパイと交流したり、ブラジルやペルーから出稼ぎに来た日系人たちと交流したりもしました。
ブラジル側の企業の広報担当者と私的に手紙をやりとりしたのは、互いの存在を知ってからかれこれ十七年目のことでした。
一方、省庁の再編が行われ、運輸省は、建設省と合わさって、国土交通省となりました。
新しい省で、穴のことが問題視され、鈴木はヒヤリングに呼ばれました。
「なぜ山本清晴は穴を掘ろうとしたのか?」と訊かれました。
鈴木は、かつて山本が言ったという、「だって近道じゃありませんか」という言葉を答えたのでした。
【転】いつか深い穴に落ちるまで のあらすじ③
それからもいろいろなことがありました。
北朝鮮の金正男とおぼしき人が、国おこしの参考にと、穴のことで教えを乞おうとしたものの、来日できず、彼の通訳の女性だけを、鈴木がディズニーランドで接待した、ということもありました。
そんなある日、鈴木は、技術研究員の杉本から呼ばれました。
杉本はミカンにつまようじを刺して、たとえ話をします。
掘った穴が、ミカンの皮を突き破るところまでいったのだそうです。
その後、中国から技能実習生が現場作業に来たりしました。
東日本大震災も起こりました。
鈴木の両親が、相次いで亡くなりました。
さまざまなことが起こるうちに、日本とブラジルの両側から穴掘りが進みます。
鈴木は五十代なかばになっていました。
そんなとき、新入社員が、ふたりめの広報担当者として配属されました。
大森という男性です。
しばらくの間、鈴木がOJTで大森に仕事を教えました。
そのうちに、上司から大森に、水着の準備をするようにとの指示が出されました。
鈴木には内緒の指示でした。
それを知った鈴木は上司に問いただしました。
すると、「穴がもうすぐ開くので、若くて体力のある大森に、穴に飛びこんでもらうのだ」とのことです。
鈴木は、「ぜひ自分にやらせてくれ」と主張しますが、確約は得られませんでした。
【結】いつか深い穴に落ちるまで のあらすじ④
リオデジャネイロオリンピックとパラリンピックが閉幕してまもない秋の夕方、鈴木は上司の藤原に呼ばれました。
明日、穴の最初の通行人になってほしい、ということでした。
急な話ですが、鈴木は承諾しました。
宿舎に帰る前に温泉に寄ると、石井という新聞記者が湯につかっていました。
石井はその昔、鈴木がいま勤めている建設会社の広報係として内定しながら、新聞社に合格したので、その内定を断った人物です。
石井はすでに鈴木が穴を通行することを知っていました。
もしかすると。
明日、穴に飛びこむのは石井だったかもしれないのです。
そこへ大森も来ました。
鈴木は石井と大森から励ましの言葉をもらいました。
翌日は晴れました。
内々のお披露目です。
作業服姿のみなが、見送りに来ています。
突然、ひとりが「こんな無茶はやめろ」と騒ぎますが、じきに取り押さえられ、くすぐられました。
みなの笑いのなか、鈴木は穴に飛びこみました。
反対側のブラジルでは、穴に網を広げて鈴木をキャッチしようとしています。
しかし、轟音とともに、ものすごいスピードで通過した物体が、網を突き破り、空へと飛んでいったのでした。
いつか深い穴に落ちるまで を読んだ読書感想
第55回文藝賞受賞作品です。
日本とブラジルを直線で結ぶ地中トンネルを掘る、という、とてつもない大ぼら噺を扱っています。
その大ぼらを、SF的に描くのではなく、ひとりの地味でまじめな青年の人生に寄りそう形式で描いているところが、この作品の特徴と言えるでしょう。
要は、生活臭をただよわせることで、ほら話が、まともな話に見えるようにしているわけです。
そうして、ついに穴が完成し、初老となった主人公が飛びこむわけです。
ラストは賛否が分かれるところかもしれません。
物理的な法則(エネルギー保存の法則)からすればありえないエピソードなのですが、そこに目をつぶると、主人公の人生の哀愁を、しみじみと感じさせる終わりかたでした。
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