「海亀たち」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|加藤秀行

海亀たち 加藤秀行

著者:加藤秀行 2018年1月に新潮社から出版

海亀たちの主要登場人物

坂井(さかい)
主人公。ベンチャー企業の営業担当からゲストハウスのオーナーまでを転々とする。常に選択肢を多く持ち感じるままに生きる主義。

デイビッド(でいびっど)
坂井の雇い主で香港系カナダ人。海外での経験を生かして広告代理店を起業。食欲も好奇心も旺盛。

神林(かんばやし)
坂井の友人。地方の国立大学を中退してバンコクに流れ着く。機転が利き会話も面白い。

マリーナ(まりーな)
環境問題に関心が高い国連職員。語学に堪能で健康的。

海亀たち の簡単なあらすじ

日本の大企業やビジネススタイルに違和感を感じていた坂井の人生を変えたのは、たった1枚の異国の風景写真です。

ベトナムで立ち上げたゲストハウスはあっさりと失敗しますが、タイで始めた携帯アクセサリーの販売が軌道に乗り国境をこえて交遊関係を広げていきます。

東南アジアを回って環境保全に取り組んでいるマリーナの協力を得て、ようやく坂井は写真の場所へとたどり着くのでした。

海亀たち の起承転結

【起】海亀たち のあらすじ①

夢のビーチを目指して出発

ウェブ広告の営業マンを2年間続けていた坂井が、ある日突然に辞表を出したのは代官山の美容室で見た1枚の写真がきっかけです。

白い砂浜、どこまでも広がる青い空、エメラルドグリーンに輝く海、カラリと吹きわたる海風。

美容室の店長の先輩がサロンを経営しているというベトナムの新興都市・ダナンへやって来ましたが、写真のようなビーチは見当たりません。

サラリーマン時代にためた200万円を元手に、「ヘム」と呼ばれる袋小路の中の細長い民家でゲストハウスを開きました。

半年ほどで資金は底を尽きかけたために店を畳んで、日本人観光客の案内や現地駐在員の身辺調査を引き受けます。

ある時に坂井がガイドを頼まれたのは、ゲーム会社をターゲットにした広告企画で成功しているデイビッドです。

高校まで香港で育ったデイビッドは1997年の中国返還を前に家族でバンクーバーに移住して、ブリティッシュコロンビア大学を卒業後に地元に帰ってきました。

デイビッドのような海外で名誉と金を手にした人たちは、家族が首を長くして帰りを待ちわびているために「海亀」と呼ばれています。

【承】海亀たち のあらすじ②

つぶしたゲストハウスを足掛かりに波に乗る

坂井がゲストハウスではなく「ホテル」を経営して売却したとアピールすると、一緒にバンコクにきて会社を手伝ってほしいと誘われました。

月給4000ドルの雇われ社長ですが7人ほどの部下を付けてくれて、プロンポン駅を見下ろす高層ビルの20階にオフィスも借りてくれます。

日本人の起業コミュニティにも出入りするようになった坂井が、特に親しくしているのが欧風バー「Hideout」を経営している神林です。

手で触って物理的に感じられる「モノ」を扱っている神林と比べてみると、坂井は目に見えない「サービス」を右から左へと流しているに過ぎません。

広告の仕事と平行していくつかの既製品を輸入し始めた坂井が、いちばん最初に手応えを感じたのが暗がりで発光するスマートフォン用のカバーです。

裏側には日本で国民的に有名なアニメキャラクターがプリントされていますが、もちろん著作権など取っていません。

郊外のショッピングセンターに小さな店を構えると、すぐに黒字になったために取引を拡大していきます。

会社を始めることを快く許可してくれたデイビッドは、わずかながら投資金も都合してくれました。

【転】海亀たち のあらすじ③

水を見つめる彼女と偽物と偽物のバトル

財布の中身に心配することもなくなり自由に使える時間も増えてきた坂井でしたが、プライベートでの充足感はまだまだ物足りません。

マッチングアプリ「Tinder」はタイでも若い男女に絶大に支持されていて、坂井も暇を見つけては起動してフィーリングが合う相手を探していました。

スペイン人のフォトグラファーやリトアニア人のモデル、中国人の建築デザイナーにシンガポール人の販売員。

いずれもピンとこなかった坂井がただひとり心を動かされたのが、国連から派遣されて東南アジア全域の水質調査をしているというマリーナです。

お堅い職業に似合わずに男性向けのゴーゴーバーに行きたいと言い出した彼女と、坂井はダンスホールで大はしゃぎをします。

間もなくラオスでの調査に出向くというマリーナとはすぐに音信不通になり、坂井のサイドビジネスにも問題が発生します。

キャラクター物のスマホカバーに値段の安い類似品が出回っているようですが、もともと坂井の方も版権を無視して販売してきたために文句は言えません。

徐々に取引先から納品を断られるようになっていた坂井に助け船を出してくれたのは、今度はおにぎり屋を始めるという神林です。

【結】海亀たち のあらすじ④

ゴールでもありスタートでもある楽園

チャトゥチャックは3本の道が交差する1キロ四方ほどのエリアに、1万5000以上の店舗がひしめいている巨大な市場です。

神林のおにぎり屋のようなダークブラウンを基調としたおしゃれな店構えから、ゴザを敷いただけの露店までが所狭しと並んでいました。

坂井の出店はキャラクターのイメージをそこら中に張り付けた看板や、和風の手書きのPOPやチラシが外国人旅行者やローカル客の目を引き付けます。

夕方までには100個ほどの在庫品がきれいになくなり、新商品のモバイルバッテリーを買ってくれたのはつい最近までミャンマーに滞在していたというマリーナです。

この日の再会でチャットで連絡を取り合うようになったふたりが、カップルとなるのにそれほど時間は要りません。

日本で見た海辺の写真に感動したこと、ベトナムのダヤンと聞いて行ってみたけど全く違ったこと、あの海岸線に店を構えるの夢を持っていること。

坂井がバンコクまで来た経緯を説明すると、マリーナはベトナムのコンダオ島まで連れて行ってくれます。

海亀が産卵に訪れるくらい澄んだ水質の島に降り立った坂井は、ここが人生の出発点でもあり目的地でもあることを確信するのでした。

海亀たち を読んだ読書感想

就職活動の時に一部上場や大手を一切受けなかったという主人公の坂井は、自分の人生を他人に預けてしまうのが嫌だったのでしょう。

突発的に会社を辞めて見知らぬ土地で商売を始めてしまったりと、そのエネルギッシュな行動力には圧倒されました。

多感な時期を激動の国際都市・香港で過ごしたデイビッドや、国内の閉鎖的な雰囲気に溶け込めなかったという神林と意気投合するのも当然ですね。

愛しい人の帰還を首を長くして待つ例えでもあり、海外からのUターン組を意味する「海亀」が全編を通してキーワードとして絡んできます。

時には迷走しながらも到着した絶景スポットで、自分のやりたいことと大切な人を見つけた坂井が羨ましいです。

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