著者:松嶋智左 2020年5月に新潮社から出版
女副署長の主要登場人物
田添杏美(たぞえあずみ)
55歳、警視。日見坂(ひみざか)署の副署長。県内で初の女性副署長
花野史朗(はなのしろう)
52歳、警部。日見坂署の刑事課長。三十年近い警察人生のほとんどを捜査畑で過ごしてきた。
宇喜田祥子(うきたしょうこ)
34歳、巡査部長。日見坂署の刑事課強行犯係主任。花田に心酔している。
木幡義夫(こばたよしお)
40歳、警部補。日見坂署の総務課総務係長。前任は県警本部の監察。
鈴木吉満(すずきよしみつ)
殺害された男。44歳、警部補。三年前に転勤で日見坂署に来た。地域第二係係長。
女副署長 の簡単なあらすじ
台風の直撃が予想されるため、日見坂署では、署員に非常参集をかける予定です。
そんななか、署の駐車場で、警官の他殺死体が発見されました。
防犯カメラの映像から、犯人はまだ署内から出ていないと判断されました。
刑事課のベテラン課長は署を封鎖し、署員全員に疑いの目を向けて捜査を始めました。
彼に反発する女性副署長の田添杏美は、独自に調査を行っていきます。
やがて、被害者の意外な側面が見えてきて……。
女副署長 の起承転結
【起】女副署長 のあらすじ①
8月3日、夕方、日見坂署管内に台風が接近しています。
予報によると直撃となるようです。
予想される非常参集にそなえて、署に宿泊したり、近くの宿に泊まる署員たちも多くいます。
副署長の田添杏美や署長は、非常参集をかけるタイミングを決めるため、今夜は署で徹夜となりました。
夜に入って雨風が強まり、自宅にいた署長の妻と娘が、署長の官舎に避難してきました。
妻は署員に気を使い、差し入れを行いました。
外では、パトカーの乗務員たちが、台風のなか、巡回と呼びだしで大忙しの状態です。
そんななか、午前0時をすぎて、署の駐車場で、男の遺体が発見されました。
被害者は、地域課の係長です。
第一発見者は、留置管理員の佐伯悠馬。
たまたま前泊していた若い鑑識係の祖父江誠が、遺体の鑑識を命じられました。
祖父江は、死因はナイフで胸を刺されたため、と判断しました。
殺人事件です。
すぐに署員から、被害者の遺族、近くに宿泊している刑事課長、県警本部などへ、ことの次第が連絡されました。
駆けつけた刑事課長の花野は、犯人がまだ署内にいるとして、署の閉鎖を命じます。
非常参集も延期です。
署に設置された防犯カメラが調べられました。
カメラには死角が多く、被害者が現場に行った姿がどこにも映っていません。
犯人の姿も見当たりません。
署員の取り調べを進める花野は、署長も、副署長の杏美も、容疑の圏内にあるとして、情報を秘匿しました。
花野と杏美は対立します。
【承】女副署長 のあらすじ②
杏美は、花野とは別に、独自に捜査を始めました。
その結果、亡くなった鈴木係長が、署員を相手に金貸しをしていたことがわかります。
一方、花野は、署長の妻が署員に差し入れに来た時、署長の娘と、地域課の三城巡査長が、会議室に入っていった、という目撃情報を得ました。
花野の命を受けて、宇喜田が三城を尋問しました。
三城は、署長の娘とデートし、肉体関係があったことは認めました。
しかし、会議室では、彼女から旅行のおみやげをもらっただけだ、と説明します。
花野課長は、署長の娘を尋問するため、官舎へ向かいました。
しかし、杏美の命を受けた直轄警ら隊に行く手をはばまれ、中に入ることができませんでした。
花野から抗議された杏美は、署長の妻と娘は自分が聞き取りを行う、と言い張ります。
花野はいったん引き下がり、杏美の聞き取り結果を待つことにしました。
さて、外部の動きとして、県警本部捜査一課のメンバーが、日見坂署へ向かっています。
また、ネタを嗅ぎつけた新聞記者も、日見坂署へ向かっています。
それから、川の中州に取り残された少年が見つかりました。
パトカーからの応援要請を受けて、直轄警ら隊が出動しました。
官舎に入るのを妨害する者はいなくなりましたが、花野は杏美の報告を待つことにします。
【転】女副署長 のあらすじ③
聞き取りを終えた杏美は、約束通り、花野のもとへ報告に来ました。
署長の娘は、恋人である三城にお守りを渡しただけ、との報告でした。
ふたりの行動は軽率でしたが、とりあえず殺人事件には無関係のようです。
この報告と引き換えに、杏美は花野から、これまでの捜査状況を聞き出しました。
それによると、午後11時ごろ、鈴木係長が四階のシャワー室を使っています。
また、鈴木係長からお金を借りていた署員たちの名前もわかりました。
情報交換のあと、花野は杏美を空き部屋に誘います。
そこで花野は、昔、杏美がやめさせた捜査員のことにふれます。
彼は、かつて花野が指導した警官でした。
その捜査員は、窃盗犯を留置する際、所持していた薬物を見逃す、というミスを犯したのです。
不審に思った杏美は、独自に調査し、その捜査員と窃盗犯が昔の知り合いであったことを突き止めました。
その捜査員は、知り合いゆえに、その所持物をわざと見逃したのでした。
杏美は、わざと見逃したことには触れませんでしたが、所持物のチェックミスについてはきちんと処分すべきと主張しました。
結局その捜査員は辞職していったのでした。
——と、そのとき、留置していた明奈という女が逃走しました。
明奈は逃げ回って、遺体安置所へ入っていきました。
ようやく女をとらえたものの、鑑識の祖父江は、明奈が、鈴木の遺体を床に落としたために頭に傷がついた、と話します。
逃走の原因について調べていくと、留置係の堂ノ内が明奈とたびたび留置場内で買春していたこと、留置場の鍵がかかっておらず明奈が逃げ出したこと、もうひとりの留置係の佐伯が通路のドアをうっかりあけたために明奈が外へ出たこと、などがわかってきました。
明奈の薬物検査が行われます。
結果は陽性でした。
誰かが留置場で彼女に薬物を与えたのです。
再び独自に聞き取りを続ける杏美のもとへ、花野が佐伯を逮捕したとの報せが届きました。
【結】女副署長 のあらすじ④
逃走をはかった明奈から薬物反応が出る一方、当夜もうひとり留置されていた男には、眠剤がもられていたことがわかりました。
宇喜田は、明奈が逃走したときの佐伯の叫び声と、明奈の動きとのタイムラグに気づき、佐伯があやしいとにらみます。
佐伯が、留置している男に眠剤入りのお茶を飲ませ、明奈には薬を与えてハイにし、わざと逃走させたのではないか、という推理です。
佐伯を緊急逮捕した直後、管内の信号機が動作しなくなったため、全署員に緊急出動の命令が出されました。
からくも容疑者逮捕が間に合った、と花野は安堵します。
そこへ、佐伯を取り調べていた捜査員から情報がもたらされました。
彼のスマホに、明奈を逃がすように、と指示するメールがあったというのです。
メールを出した携帯は、杏美のものでした。
当の杏美は、祖父江を銃剣道場に呼んで、聞き取り調査を行います。
やりとりのうちに、いろいろな真実がわかってきました。
祖父江が押収された薬物を横流しして金を稼いでいたこと、そのことを金子係長に知られてゆすられていたこと、柔道場の窓から金子を外へ投げたこと、などです。
駐車場に落ちてもまだ息があった金子を、佐伯がナイフで刺し殺したのですが、その点については、祖父江は関与を否定します。
が、杏美の携帯の充電ケーブルから、祖父江の指紋がみつかりました。
祖父江が、杏美の携帯を使って、明奈を留置場から逃走させるようにと、金子に指示したのです。
その目的は、金子の遺体に柔剣道場から落としたときの傷があるのを、明奈が遺体を落としたから傷ついた、とごまかすためでした。
これだけのことがわかり、祖父江と佐伯の共犯関係が明らかになりました。
祖父江は暴れ、杏美を人質にとって逃走をはかります。
しかし、直轄警ら隊の援護により、杏美は無事救出され、祖父江は逮捕されたのでした。
女副署長 を読んだ読書感想
台風一過の晩の、日見坂警察署の動きを、何人もの警官の視点で描いています。
人と時間と場所を限定した、いわゆる三一致のドラマです。
著者は元警察官であり、その経験を十分に生かして、警察の現場における「空気」をみごとに描写しています。
また、人物の造形もたくみです。
主人公の田添杏美は、派手さはないものの、不正が嫌いな、一本芯の通った女性です。
警官としての矜持を持ち、花野刑事課長とぶつかります。
その花野は、杏美からの視点では、嫌な男に見えますが、刑事課の部下たちの視点では、たのもしい、頼れるオヤジとして描かれます。
また、脇役クラスのキャラも、一面的ではなく、多面的な特徴を持つ、リアルな人間として描かれています。
読み終わったときに、頭のなかに、何人もの登場人物の印象がくっきりと残りました。
エド・マクベインの「87分署」シリーズを愛読されたかたなら、読んで損のない作品化と思います。
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