著者:まさきとしか 2022年10月に光文社から出版
屑の結晶の主要登場人物
宮原貴子(みやはらたかこ)
本作の主人公、弁護士。小野宮楠生が女性二人を手にかけたとする事件の弁護を引き受ける。
小野宮楠生(おのみやくすお)
女性二人を手にかけ、命を奪った事件の犯人。美しい顔立ちをしているが、人間性に難があるため通称は「クズ男」。
宍戸真美(ししどまみ)
化粧品会社で働く、若く美しいキャリアウーマン。小野宮の事件においてのキーパーソン。
吉永ひとみ(よしながひとみ)
美容サロンを経営する女性社長。49歳。小野宮楠生とは男女の関係を持ち、彼に衣食住を提供して養っていた。
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屑の結晶 の簡単なあらすじ
女性二人を殺した事件の犯人、小野宮楠生の弁護を引き受けることになった宮原貴子は、彼の言動に違和感を覚えていくようになります。
事件の調査を通じて、宮原は「小野宮が、宍戸真美という女性を守るために殺人を犯していた」という真実に行き当たりました。
しかし、宍戸は小野宮の恋人に刺されて死亡。
小野宮も自殺を図りますが、失敗します。
宮原は、命をかけて宍戸を守ろうとした小野宮の意思を守ることを決意したのでした。
屑の結晶 の起承転結
【起】屑の結晶 のあらすじ①
女性二人を殺したとされ、逮捕された小野宮楠生。
罪状はいずれも傷害致死で、「誰を殺そうと俺の自由」と供述をしていました。
さらに、身柄送検の際には報道陣のカメラに向かってピースサインを送るなどの異常性がクローズアップされ、世間からは「クズ男」と呼ばれています。
人心掌握に優れた才能を発揮した彼は、幾人かの中年女性をたぶらかして関係を持ち、衣食住の面倒を見てもらう「ヒモ」のような生活をしている、若く美しい顔立ちをした男性でした。
中年の女性社長である吉永ひとみを筆頭に、その小野宮と関係のある女性たちが結成した「小野宮楠生を救う会」から依頼を受けた宮原貴子は、拘置所にいる小野宮と面会をすることになりますが、手を変え品を変え、のらりくらりとかわされてしまい、事件についてまともな話は聞けそうにありません。
しかし「小野宮楠生を救う会」の女性たちは、いずれも口を揃えて「小野宮が本当に怒っているのを見たことがない」と言っていたにもかかわらず、小野宮の供述通りであれば、池袋の雑居ビルで清掃員の仕事をしていた70歳の女性を衝動的に殴り殺し、元交際相手の女性に腹を立てて殺したということになるので、宮原はその食い違いに違和感を覚え、小野宮が何かを隠していることを悟ります。
【承】屑の結晶 のあらすじ②
事件を洗い直していた宮原は、被害者たちの人物像を探るうちに、どちらの女性も宮城県M町に所縁があることに気が付きます。
そこは、小野宮が幼少の頃に過ごした自動養護施設がある場所でした。
そこにヒントがあると考えて動き始めた宮原は、小野宮の元交際相手と同じ中学出身で、小野宮と同じ団地で幼少期に育ったという一人の女性がに行き当たりました。
彼女が事件のカギを握ると考えた宮原は、その女性、宍戸真美と接触することを決意します。
宍戸はM町の市長である母を持ち、都内の化粧品会社に勤める、美しい女性でした。
宍戸は、「被害者のひとりである小野宮の元交際相手とは少し前に会った」と話しましたが、小野宮とは直接の知り合いではないといいます。
しかし宍戸は小野宮が父親から酷い虐待を受け、餓死寸前のところを保護されていることについてはニュースで見て、彼の名前は知っていた様子でした。
「直接の知り合いではないけれど、小野宮に差し入れをしてほしい」と、星の刺?が入った黄色いタオルハンカチを渡された宮原は「子供の頃からの小野宮を知る人からの差し入れだ」という手紙を添え、宍戸の頼み通りにそれを拘置所の小野宮に差し入れます。
【転】屑の結晶 のあらすじ③
小野宮と面会した宮原がハンカチについて切り出すと、小野宮は「結局幸せなやつの自己満足だ」と投げやりな態度を取り始めます。
罪を認めるような発言をし始めた彼に宮原は戸惑いますが、いつもの人懐こい様子とは打って変わって「余計な事すんなよ、ババア」と冷たく突き放されたことで、宮原は手も足も出なくなってしまうのでした。
その後、別の事件の調査にあたっていた宮原は偶然、買い物帰りと思しき姿の宍戸真美を見かけます。
宮原の心の中にはなぜか、宍戸の自宅のベランダに干してある、黄色いハンカチの印象が残りました。
そして、宮原はその後の調べで、小野宮が常に宍戸真美の住居のすぐ近くに居を構えていたことを突き止めます。
後日、宮原は、小野宮と関わったことがあるという結婚詐欺師、羽崎という男と面会をしていました。
小野宮の多くの女性を虜にする人心掌握の極意は、この男から伝授されたものだったからです。
羽崎は小野宮に対し「嘘は完ぺきに作り上げるもの、嘘の中に一つも真実は入れてはならない」と教えた、と話しました。
それを聞いた宮原は「小野宮の供述全てが嘘」という可能性に思い当たります。
そして彼女の推理は、小野宮の元交際相手の女性を殺したのは宍戸真美であり、小野宮はそれを庇っている、という結論に至るのです。
宍戸と小野宮、双方にゆさぶりをかけるため、彼女を伴って小野宮との面会に行く宮原。
そこで宍戸は、「子供の頃のことや、あなたが私のストーカーであることなどを全て話してしまった」と涙ながらに小野宮に謝罪をします。
小野宮はどうでもよい、とばかりに宍戸を突き放し、宮原にもクビを宣告するのでした。
振り出しどころかマイナスに戻され、落胆しながら拘置所を出た宮原と宍戸。
するとそこで、待ち構えていた吉永ひとみに刺され、宍戸は命を落としてしまいます。
さらに同じころ、小野宮も拘置所内で自殺を図り、意識不明に陥っていました。
【結】屑の結晶 のあらすじ④
幼少期、父親から命に係わるほどの苛烈な虐待を受けていた小野宮にとって、宍戸は、いわば暗闇から救ってくれた存在でした。
夜遅く、団地の駐輪場まで自転車のカギを探しに来た宍戸がベランダにいた小野宮を見かけ、家を訪ねたことを機に仲良くなった二人は、小野宮を虐待していた父と、過剰なまでに厳しかった宍戸の祖母の目を盗みながら交流を続け、幼心にお互いの保護者の交換殺人の約束をするほど深い信頼関係を築くまでの仲になっていきました。
小野宮が虐待で餓死寸前のところを保護されて以来途切れていたその交流ですが、大人になった彼が宍戸の前に現れたことを機に再開していました。
辛い幼少期を彼女の存在に救われた小野宮は、「彼女のためなら何でもする」と決意し、宍戸に何かあったら黄色いハンカチを合図に助けを求めるように伝えていました。
小野宮が元交際相手としていた被害者のひとりは、宍戸が載った雑誌を見たことを機に連絡を取ってきた同級生でした。
この事件の真相は、身内のスキャンダルを仄めかして暗に脅迫されたために宍戸が被害者を殺してしまい、ハンカチを通じて小野宮に助けを求めたことで、小野宮が自分の元交際相手を殺した、という体で罪を被った、というものだったのです。
そして、もうひとりの被害者の女は、小野宮の父のかつての交際相手でした。
彼女もまた、スキャンダルをネタに宍戸を脅迫しようとしたことで小野宮が手にかけていたのです。
拘置所で宮原と共に面会した時も、宍戸が黄色いハンカチを握りしめて泣いていたために、小野宮は態度を急変させて宮原を遠ざけ、最終的には自分自身が死ぬことで彼女を守ろうとしたのでした。
全てを悟った宮原は、その真相を公開すべきか迷います。
しかし彼女には、自らの命を擲ってまで宍戸を守ろうとした小野宮の意思を無下にすることはできませんでした。
そして、目を覚ました小野宮に、生き延びて罪を償うよう、語り掛けるのでした。
屑の結晶 を読んだ読書感想
「あの日、君はなにをした」など、いわゆる「イヤミス」のジャンルで一躍話題になった鬼才、まさきとしかの一冊です。
この「屑の結晶」も例外でなく、決して読後の後味が良いとは言えないものですが、一途で不器用な愛が詰まった一冊だと思っています。
結婚詐欺師に師事したことで女性を騙すすべに長け、実際に多くの女性を振り回し、稀代の「クズ男」としての名を恣にした小野宮楠生は、仕事として引き受けているとはいえ、手を差し伸べた宮原のことも欺いていました。
しかし、宍戸真美のことだけは決して裏切らなかったのです。
ただただ大切な人のために、自らがやってもいない人殺しの汚名を被り、世間から「クズ男」と呼ばれながらも嘘を貫き通し、命まで擲った楠生は、果たして本当にクズ男なのでしょうか。
表紙のイラストには、マンションの屋上のような所で、風に舞う黄色い布(私は始め落ち葉だと思っていました)の中で立っている若い男性が描かれています。
おそらくこの男性が小野宮なのだ、ということは序盤で推測できるのですが、最後の最後でこの黄色い布の意味が明かされた時は、後味の悪さと同時に、なんだか胸に暖かいものが残る、不思議な感覚を味わいました。
何度も読んだ本ですが、「記憶を消してもう一度読みたい本」、そして「自信をもってお勧めしたい大切な一冊」として今も心に残っています。
そしておそらく、映画映えもする物語だと思うので、密かに期待している自分もいます。
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