著者:益田寛一 2020年5月に文芸社から出版
朝陽と夕陽との主要登場人物
林田茉莉(はやしだまり)
ヒロイン。中堅どころの商社に入社して2年目。宝塚の男役に漠然と憧れている。
吉田洋美(よしだひろみ)
茉莉の上司。32歳で経理課の課長を任されるほど優秀。独立心が強く一生をかける仕事を探している。
由紀(ゆき)
茉莉の同僚。耳が早くうわさ好き。
朝陽と夕陽と の簡単なあらすじ
林田茉莉は勤め先の先輩社員・吉田洋美と深い仲になりましたが、間もなく彼女が戸籍上は男性であったことを知ります。
洋美は趣味の登山をいかして山小屋の経営者に転身することを決意、茉莉もそのお手伝いをするために会社を辞めることに。
時には周囲から困惑されたり誤解を受けながらも、ふたりはお互いを公私ともにパートナーと認め合い歩んでいくのでした。
朝陽と夕陽と の起承転結
【起】朝陽と夕陽と のあらすじ①
大学を卒業後にJR新宿駅を降りた先にある商社に就職して経理課に配属された林田茉莉ですが、特に忙しいのが決算期の9月です。
新入社員の頃からお世話になっている吉田洋美は、常に活気に満ちあふれていてこの時期でも疲れを見せていません。
それとなく秘訣を尋ねてみたところ山登りをして健康を保っているそうで、茉莉も連れていってもらうことにしました。
山梨県の秩父多摩甲斐国立公園はそれほどの高さや険しさはなく、初心者でも1時間ほどで頂上にたどり着きます。
上りの時には朝陽を浴びながらキラキラと輝く大菩薩峠、下山の時には夕陽に照らされてくっきりとそびえ立つ富士山。
この絶景を一緒に眺めたことがきっかけになってふたりは急速に親しくなり、茉莉が洋美の1DKマンションに招かれたのは中間決算の締切日も一段落した頃です。
これまでは「姉」のように頼りきっていた茉莉でしたが、この日の夜遅くに体を重ねることで洋美が「男」であったことを初めて知ります。
【承】朝陽と夕陽と のあらすじ②
洋美が自分自身の持って生まれた肉体的な性別に違和感を覚えたのは、小学校に入学する直前のことです。
このまま男の子として生きていくのか、新しく女の子としての人生を歩むのか。
比較的に理解のある親や友人たちは洋美の決断を尊重してくれたために、中学・高校と進学した後もそれほど不便はありません。
今の会社に入ってからは見た目が美人のために男性から言い寄られることも多かったですが、事情を打ち明けることなくお断りしていました。
ありのままの自分を見せることができた相手は茉莉が初めてで、ようやく恋愛にも勇気を出して臨める気がします。
平日はこれまで通りに一緒にお仕事、週末になると中級から上級者向けの登山コースにチャレンジ。
順調に交際を重ねていたふたりに相談を持ちかけてきたのは、ある山小屋のおかみをしている女性です。
夫が高齢のために引退したいという彼女のために、洋美は退職金で建物と土地を買い取りました。
同時期に茉莉も会社を辞めたために、社内事情に詳しい由紀は興味津々です。
ふたりで山荘をリノベーションしたカフェをオープンすると言うと、必ず遊びに行くと約束してくれます。
【転】朝陽と夕陽と のあらすじ③
客商売のノウハウを1から教えてくれたおかみには、立ち上げから開店当日までを無事に見届けてもらいました。
もうひとつの心配事になっているのは茉莉の実家で、あまりにも個性的な洋美との交際に関してはあまりいい顔をしていません。
電話では一向に事態が進展しないために、4月の好天に恵まれた日を選んで山小屋に招待します。
50代の後半に差し掛かった夫婦にはかなりのハードな道のりだったようでしたが、洋美が腕によりをかけた料理を完食して大満足です。
ひとり娘としておおらかに育ててきたのは父親、自由で奔放なところは母親そっくり。
初対面ですっかり洋美の人柄に安心した様子の父と母は、その後もひと月に1回は欠かさずに来店してくれます。
この年の9月吉日を選んでそれぞれの両親、林田家からは母方の妹、吉田家からは父方の兄… 両家は新宿御苑前のホテルで和やかなムードの中で顔合わせを済ませつつ、茉莉と洋美の幸せを願う気持ちは双方ともに変わりはありません。
【結】朝陽と夕陽と のあらすじ④
じっくりと3日3晩かけて煮込んだビーフシチュー、上質な小麦粉と小豆で焼き上げるあんパン、豆からこだわり抜いたいれたてのコーヒー… 東京の料理教室に通い詰めて講習を受けた洋美たちのメニューは、レパートリーも増えて味も本格的になっていました。
日帰りの登山客だけで満足することはなく泊まり客を受け入れる計画があるために、寝具やシャワールームを新調しなければなりません。
設備投資にはある程度の額の貯金を切り崩す必要がありますが、1年目の売上高は順調そのものですぐに元は回収できるでしょう。
はるばる東京から約束通りに由紀が顔を出したのは、山小屋が新装開店2年目を迎えた春先のことです。
それぞれに彼氏はいるのか、ふたりとも独身なのか、結婚はしないのか。
相変わらずゴシップが大好きな由紀はあれやこれやと詮索してきますが、洋美は堂々と「私たちはカップル」と宣言します。
その言葉を寄り添いながら聞いていた茉莉は、笑顔でうなずくのでした。
朝陽と夕陽と を読んだ読書感想
林田茉莉と吉田洋美の急接近の舞台となるのは、山梨県と埼玉県の境に位置する広大な自然公園。
豊かな緑に囲まれた登山道が神秘的で美しく、行きと帰りでは違った風景が広がっているのも魅力的ですね。
オフィスでは上司と部下、アフターファイブには恋人同士という茉莉と洋美の関係性にもつながるものがあります。
肉体的な性別に囚われることのない自由な恋愛だけではなく、自分たちの好きなことを仕事に変えるコツも教えてもらえるストーリーです。
山の中のオアシスとも言える彼女たちの店に立ち寄って、いれたてのコーヒーを飲んだり手作りの洋食を食べてみたくなりました。
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